第30章 トリガー
「いきなり席を立つなんて、ふたりに悪いじゃないですか」
「ん〜?せっかく貴重なフリーなんだし、急にふたりで過ごしたくなったんスよ」
店を出てからの黄瀬の様子は、いつもと変わらないように見えた。
「ウチ来る、よね?」と当然のように繋いだ手を引かれるまま、部屋に入るまでは。
「おじゃましま……何、ちょっ、黄瀬さ、ん」
なだれ込むようにベッドに押し倒されて、はじまった黄瀬のくちづけは嵐のように荒々しく。
羽織っただけのパーカーの前を押し広げ、シャツのボタンを外す指に余裕はまったくなかった。
「ん……ふぅ、っ」
呼吸すら奪われて頭が白く霞みはじめた頃、ふいに解放された唇で、結は大きく吸い込んだ息を止めた。
制服の上着をもどかしげに脱いで、ネクタイを緩める指先と、無言で見下ろしてくる瞳の色がいつもとは違うことに気付き、キツく握りしめたシーツが波打つ。
「どう、したんですか。こんな……」
「あの台詞はマジだから」
「……え」
「たとえ青峰っちでも、許さないっスよ」
つきあい始めた頃、何かと絡んでくる青峰に対して、黄瀬が本気で気にする様子は今までなかった。
「だ、だって青峰さんは……」
「二度と触らせんな、そう言ってんだけど」
低い声で命令されて、「何ですか、それ」と抵抗する声が震える。
長いまつ毛の下で鋭さを増す瞳に、結は不覚にも高鳴る胸をぎゅっと押さえた。
「お仕置き決定、っスね」
さわやかに笑むその顔にベッドの上で凍りつく。
(なんか怖い、でも……)
「そんな怖がんないでよ。余計イジメたくなるからさ」
髪を梳き、頬を滑る指の冷たさに、膝がビクンと反応する。
「舐めて」
唇に押しつけられる指に逆らえず、結は舌先でおずおずとその指に触れた。
「もっと」
歯を割って侵入する指に口内を隅々までまさぐられて、足の先までビリビリと走り抜ける甘い痺れに腰が浮く。
(どうしよう。怖いのに……)
「いいね、その顔……スッゲェそそる」
「りょ―……」
熱い吐息とともに再び覆い被さってくる身体を、結は目を閉じて受け入れた。