第30章 トリガー
「良かったぁ、海常も午後練がお休みで。あ、そうそう!今日ね、今吉さんが来てたんだ〜」
「妖怪が何の用かい?」
「結ちゃん……寒い。寒すぎる」
桃井と楽しそうに話す彼女の姿を、片肘をついて見守る黄瀬の緩んだ顔は、コートにいる時と同一人物とはとても思えない有り様で。
そんな昔のチームメイトを横目で盗み見た青峰は、飲み干したカップを置くとニヤリと笑った。
「おい。黄瀬」
「ん〜なんスか……うわっ!」
青峰は、隣に座る黄瀬の襟を掴んで引き寄せると、その耳に囁いた。
「アイツ、色っぽくなったな」
「へ?」
数秒間のフリーズの後、ガタンと椅子から立ち上がった黄瀬の表情は、乱れた前髪でよく見えない。
「きーちゃん、どうしたの?」
「黄瀬さん?」
「行くよ」
「え」
テーブルの上にお札を叩きつけると、黄瀬は結の腕を引いて席を離れた。
「いきなりどうしたんですか!これって確か前と同じ……す、すいません、桃井さん!青峰さんも」
「う、うん。結ちゃん、また電話するね」
「またな」
青峰はたくましい肩を揺らしながら、千円札をピラピラと目の前で振った。
「これじゃ足りねーんだけど」
「も―、大ちゃんってば何したの?」
「べつに」
強引な腕を振りほどいて、ひとりで先に歩きはじめた結の背中を、慌てて追いかける黄瀬の姿が窓越しに写る。
「完全に尻に敷かれてんじゃねーか」
「でも、きーちゃんもずいぶん身体作りこんでるみたいだったね。もっと対策を練らないといけないかも」
「ああ」
(黄瀬のヤツ、いい目をしてた)
惚けたような瞳の奧に秘めた闘志の炎。
更にポテンシャルを上げた数少ないライバルと対戦する日を想像して、蒼い目に静かな炎が灯る。
「で、きーちゃんに何言ったの?まぁ、大体の予想はつくけど」
「このくらいの意趣返しは許されんだろ。ったく……無駄に色気づきやがって」
「逆効果だと思うけどなぁ〜」
「ハァ?」
ワカンナイならいいよと笑う桃井に、青峰は両肩を竦めてみせた。