第30章 トリガー
「ふふっ」
「なんや、思い出し笑いして」
背中に隠れた友人の姿を思い出して、桃井はその可愛らしい唇を綻ばせた。
「いえ。今吉さんがどんな弱みを握られてるのかと思うと可笑しくって」
「それだけは聞かんといてくれや。アカン……あのヒトだけは何考えてるか読めへんねん」
「蓮二さんでしたっけ?腰が抜けるほどの色男でしたけど、人当たりは良かったですよ」
「コートではなかなか食えん男やで。知っとるか?あの男は……」
勿論知ってますよ、と桃井は胸に抱えたバインダーをぎゅっと握りしめた。
かつて、海常バスケットボール部の司令塔として名を馳せた叶蓮二。
ただ、他を意識しない黄瀬が、昔のOBを知っている可能性は極めて低い。
その感覚は青峰や紫原も同じだろう。
「詳細な情報は流石にありませんが、過去20年くらいの有望な選手のデータくらいは頭にもバッチリ入ってます」
だが、今吉は高いIQの持ち主。
その彼を手玉に取るなど、侮れない人物であることを付け加える必要がありそうだ。
レアな情報に目を光らせる優秀なマネージャーの姿を、「流石やな」と見守る眼鏡の奥の眼力は、少しも衰えた様子はなかった。
「で、どうやった?」
「う〜ん、蓮ニさんの目的は私にも分かりませんでした。ただ……」
ん?と口をへの字にする今吉の顔を桃井はマジマジと見つめた。
会話をしながら練習風景をチラチラと横目で窺う今吉の瞳は、黄瀬の背中を見送っていた蓮二の優しいそれと同じ色。
「なんでもありません。今吉さん、今日はゆっくりしていってくださいね。缶コーヒーでいいですか?」
「お、なんや優しいな。ほな、そうさせてもらおか」
「えっと、コーヒーは確か監督用に置いてあったはず」
(オトコのコって……ううん、男の人っていいな)
絆と信頼
目には決して見えないそれは、同じ夢に向かう人間同士を確実に強くする。
「結ちゃんに電話してみよっかな」
「アイツに会うのか?」
「だ、大ちゃん!いつの間に……ビックリした」
隣でスポドリを飲む褐色の首を、いく筋もの汗が伝い、短い髪を掻き上げる腕は、夏に向けて油断なく鍛えられていた。
「しゃーねぇな。暇だし俺も付き合ってやるよ」
「意外とあきらめ悪いんだね」
「ブハッ!」
「ぎゃっ!大ちゃん汚い!」