第3章 ロングバージョン
「今日はさ、泊まっていけるんだよね?これから、どーしよっか?」
背後で身を屈めた黄瀬の声が耳を掠め、結はぴくんと肩を竦めた。
広い部屋の中、存在感を放つベットにどこか違和感を覚えるのは、その台数と大きさだ。
動揺する材料としては十分だろう。
「ど、どどどーするって……何が、どう……ドウシマショウカネ」
「も~、今夜は初のお泊まりなんスよ。もっと色っぽく、ね?」
「そ、そんな私に無縁な単語を求めるのはヤメテクダサイ」
肩にちょこんと顎を乗せた黄瀬の視線から、逃げるように顔を背けた結の頭を大きな手がポンと叩いた。
「ゴメンゴメン、ちょっとからかっただけっスよ。結はさ、今からでもお友達と合流したらどうっスか?ここは勿体ないけどチェックアウトしとくし」
「え?黄瀬さん、何言って……」
「こうしてふたりで過ごす時間をセッティングしてくれたお友達の気持ちは嬉しいし、オレとしてはスゲー残念なんだけどさ」
黄瀬は、彼女の身体を正面に向けさせると、緊張からか冷たくなった指先を包みこんだ。
「結の心の準備が出来るまでちゃんと待つよ。だって、こんなの聞いてないってスゴく困った顔してるっスよ?」
「うっ」
黄瀬の言うことは図星だった。
今日はさっきの友人達と過ごす予定だった結は、まだこの展開に戸惑っているというのが正直な心境だ。
意外にもお菓子作りが得意だという悠に、明日彼に渡すチョコレートを作るという名目で、母親から貰った宿泊許可。
それが、あれよあれよという間にこの状況……つまりは、友人達にいい意味で騙されたのだ。
「なんか色々と見抜かれてる……」
「ハハ、分かるよ。結のことなら、ね」と名残惜しそうに離れていく手を、結は思わず引き留めた。
「ん?どーしたんスか」
「あ、えっと……嬉しいなって」
“素直にならなきゃ”という友人の言葉が、頭の中をグルグルと駆けめぐる。
口がカラカラに乾いて、干物にでもなってしまいそうだ。
「確かに、突然すぎて、まだ何がなんだか分からない、です。でも、黄瀬さんがそんな風に言ってくれるのが……すごく、嬉しくて」
「……結?」
「だから、今夜はこのまま一緒にいたい、と思ったら駄目……ですか?」