第24章 チャンス
ご馳走さまでしたと律儀に店員に頭を下げる彼女の髪が、サラリと肩からこぼれ落ちる。
「いいお店でしたね。料理も美味かったです」
「ホント?水原君に気に入ってもらえたのなら良かった」
携帯でのやり取りはともかく、何年かぶりとは思えないほど会話が弾んだのは、彼女の気取らない性格のおかげか、口にしたアルコールのせいか。
「夜も遅いし、家まで送って行きますよ」
まだ一緒にいたい。
店を出た後、さりげなく切り出した翔の前に、戸惑いながら差し出されたのは小さな紙袋だった。
「あの……コレ、良かったら」
「え……?」
ドクンと高鳴る鼓動と、止まる歩み。
そして、突然の出来事に固まってしまった翔を、困らせてしまったと勘違いした彼女がその腕をそっと下げた。
「あ、ご……ごめんね。水原君、モテそうだし、か、彼女さんに悪い……よね」
引っ込めようとする手をあわてて掴むと、翔はその冷たい指を握りしめた。
「彼女なんていませんよ。もしいたら、今日ここに来るはずないでしょ?」
「え、あ……そっか、そうだよね」
ぴくりと反応する肩を逃がすつもりはない。
(この手にずっと触れたかった……)
初めて会った日の記憶が、鮮やかによみがえる。
「今日はどうして」
「水原、君?」
「どうして誘ってくれたんですか?蓮二サン……でしたっけ、あの人とはもう付き合ってないんですか?こんなことされたら俺、自惚れますよ?」
「蓮二……先輩?」
ポカンと口を開けた後、「質問多すぎ」とクスクス笑う彼女に一歩近づく。
そもそも、2月14日という特別な日に誘われて、勘違いするなという方が無理な話なのだ。
「あの人はただの先輩で、別にそんな関係じゃないよ。私、彼氏いるのに他の男性を食事に誘うような軽い女に……見える?」
小首を傾げて、儚く微笑む唇に胸がズキリと痛む。
「ちがっ!俺、別にそーいう意味じゃなくて!」
(何してんだよ、俺は)
言い訳はもういい。
ただ見ていることしか出来なかった高校生はとっくに卒業したはずだ。
「コレ、義理チョコ……ですか?」
「……え」
緊張で喉がヒリつく。
「いや。義理でも構わないすよ、今は……」
「水原、君?」
「俺と……俺と付き合ってください」