第24章 チャンス
水原翔には、忘れらないヒトがいた。
「はぁ……」
大勢の人が行き交うスクランブル交差点の群れの中、翔は大きくついた溜め息で、自分の前髪をわずかに揺らした。
疲れた顔で帰宅を急ぐサラリーマンや、今から夜の街に向かう無防備な若者達。
周りのことには無関心な瞳で、義務的にただ手足を動かすさまは、まるでロボットのようだ。
(ま、俺も似たようなもんか……)
バスケに夢中だった高校時代が懐かしい。
まだ見ぬ未来に感じる漠然とした不安を抱えたまま、帰路を刻む長い足。
その時、ふと横を通りすぎた香りが鼻腔を甘くくすぐった。
「ア、レ?」
「……水原、君?」
何気なく振り返った翔は、同じように足を止めてこちらを見つめる瞳に、運命という名のキセキを感じた。
海常高校に入学し、当然のように入部したバスケ部の体育館にそのヒトはいた。
マネージャーなのだろう。
額の汗を手の甲で拭いながら、一心不乱にボールを磨く白い手から、なぜか目が離せなかった。
ただ、翔とすれ違うように卒業したバスケ部のOB──しかもかなりの色男と付き合っているらしいという噂に躊躇している間に、彼女は海常を卒業してしまったのだ。
「お待たせ!」
偶然の再会から一ヶ月後。
肩より少し長い髪をなびかせながら駆けてくる姿に、翔は笑顔の裏で安堵の息をもらした。
「ごめんね。私から誘ったのに遅くなっちゃって……待った?」
「いえ、俺もさっき来たとこなんで。お疲れさまです」
とっぷりと日が暮れた平日のオフィス街。
それなりに気を遣って選んだファッションも、行き交うサラリーマン達にくらべるとやはり見劣りしてしまうようで落ち着かない。
社会人と大学生の差を嫌というほど感じる瞬間だ。
(親のスネかじってる学生とは違うよな、やっぱ……)
「じゃ、行こっか」
カツカツと音を鳴らすヒールが似合う細い足首。
「今日は遅刻したお詫びにご馳走させて……は無理?」
「男のプライド舐めてもらっちゃ困りますよ」
派手すぎない化粧と、髪の隙間から覗くピアスに漂う大人の色香から、翔はフイと視線を逸らせた。