第24章 チャンス
驚いたように小さく開いた唇から、拒絶の声を聞くのが怖い。
だが、翔は目を逸らさずに、まっすぐに彼女の澄んだ瞳を見つめた。
(偶然の出会いから得たこのチャンス、今度は絶対に逃さない)
周囲の雑音も、ドクドクと跳ねる鼓動の音がかき消していく。
その時、根負けしたように目を逸らした彼女の唇がわずかに動いた。
「ハ、イ……よろしくお願いします」
「!!」
喜びのあまり、道の真ん中で抱きしめた彼女から見事にくらった平手打ち。
延々と説教されながら帰る道すがら、ふと見上げた夜空にぽかりと浮かぶ月がやけに目に鮮やかで。
「今度、海常で練習試合があるみたいなんすけど、一緒に行きませんか?」
「え、そうなの?行きたい!」
武内監督のお腹は健在かなと懐かしい目をする彼女の手を、翔は黙ったまま包み込んだ。
一瞬、戸惑いをみせた指から力が抜ける。
「そ、そういえば、今はマネージャー不在だって聞いたけど……笠松君、だっけ?彼が原因なの?」
「さぁ、どうですかね」
ひとりのオトコの入部を機に、やる気のないマネージャー希望者が殺到したことが原因だと、正直に言うのは少し癪だ。
「でも、今年の海常は強いですよ。なんせ新しいキャプテンは……」
チャラいだけだと思っていた金髪頭のルーキーは、今やチームの柱へと立派に成長した。
(悔しいけど、認めるしかねーよな)
満面の笑みを浮かべる妹の顔が、隣を歩く彼女の笑顔に重なる。
これで、本人には全くシスコンの自覚はないのだから恐ろしい。
「キス、していいっすか?」
「え」
二度目の平手打ちを食らう前にその両手を封印して、そのまま強引に引き寄せる。
うまく加減できずに、胸に激突する華奢な身体からたちのぼる変わらない香りが、胸をチクリと刺す。
「冗談すよ」
「もう……」と言いながら、額を胸にコツンと預ける彼女との幸せな未来を思い描きながら、翔は細い指に自分の指をゆっくりと絡ませた。
end