第3章 ロングバージョン
「あの〜、もういいかな?」
観葉植物で仕切られた隣のテーブルから聞こえるのは、どこか耳に馴染んだ緊張感のない声。
結は、寄りかかっていた悠の肩から頭をあげると、声のする方へゆっくりと顔を向けた。
「……遥?」
ほんわかした雰囲気をまとう声の主は、ここで待ち合わせをしていたもう一人の友人だ。
丸い顔に似合わずスタイルのいい遥の隣で、ゆらりと立ち上がった長身の人影に、結は赤くなった目をパチパチと瞬いた。
目深に被った帽子と濃い色のサングラス。
ある意味、不審者に見えなくもない出で立ちだ。
だが、たとえ帽子からこぼれる金の髪が見えなくても、印象的な瞳が隠されていても。
「…………嘘」
ドクドクと波打つ鼓動が、全身に温かい血液を送り込んでいく。
「黄瀬……さん?」
「えっと、色々と有難うございます」
呆然とする結の前で、変装を解いた黄瀬が、友人ふたりにぺこりと頭を下げた。
こぼれる金髪の隙間から覗く口許が耐えきれないというように緩み、頬がほんのり紅潮しているのは、店に充満する女子パワーのせいだろうか。
「え?ちょっ、アレ見て」
「マジで?何、あのイケメン」
「きゃあ!あの金髪って……」
急にザワつき始めた店内に、黄瀬は困惑するように眉を下げた。
「スンマセン、今日はこのまま彼女のこと貰っていくっスね。お礼は今度改めてってことで。結、荷物はこんだけ?」
足元のカゴに入ったカバンと上着をひょいと拾い上げて、後ろポケットから財布を出そうとした人気モデルを、悠はヒラヒラと手を振って制止した。
「ここの支払はまかせて。ただし、後でちゃんと話を聞かせてちょうだいね」
「ハハ。考えとくっスわ」
「え、え?何、この展開……」
まだ状況が掴めない結の腕を掴んで、「じゃ、失礼します」と立ち去る大きな背中にかけられるのは、対照的な二種類の声。
「結を泣かせたら許さないからね」
「いいバレンタインを〜。あ、今度合コンのセッティングお願いね~」
背を向けたままピースサインを送る黄瀬と、彼に肩を抱かれながら何度も振り返る結の後ろ姿を、ふたりはニヤニヤしながらも優しい顔で見送った。
いいなぁ……とふたり仲良く呟いたのは、彼らが完全に視界から消えた後だった。