第23章 ガーディアン
彼女はここ数ヶ月、黄瀬にしつこく言い寄っていた他校の女子生徒。
学園のマドンナだかなんだか知らないが、自分の外見をひけらかすような女性に、黄瀬が何ひとつ興味をいだくことはなかったが。
「アンタ、一体何したんだよ」
「ひ、っ」
「結に何したかって聞いてんだよ」
刺すような視線と、静かだが殺気すら含む低い声が空気をビリビリと振動させる。
女は自慢の顔をひきつらせて、逃げ出した男に罪をなすりつけるようにその視線を泳がせた。
「わ、私は何もしてない」
「今、逃げてった奴も仲間ってこと……スか」
女への興味を無くし、標的を変えた瞳の色に真っ先に気付いたのは結だった。
「っ、駄目……」
ふらつきながら、黄瀬を制止しようと腕を伸ばす身体を押し留めながら、笠松が下した判断は素早く的確だった。
「森山!そいつはいいから、黄瀬を止めろっ!!」
男を追いかけようと踵を返した黄瀬を、間一髪のところで森山がブロックする。
「ヤバ」
だが、解放された男までもがその場から逃げ出す気配に、さらに激昂する黄瀬が森山を振り解こうともがいた。
「クソ……っ!離してくださいっ!森山センパイ!」
「く、黄瀬っ、やめろ!お前の気持ちは分かるが……マズイだろ!」
「そんなん関係ねーんスよ!アイツら、絶対に許さねー!」
なおも暴れる黄瀬のもとに、笠松を振り切って駆け寄ってきた結が、その両頬を挟むようにパチンと叩く。
「!?」
「落ち着いてください」
そのまま両方の手のひらで黄瀬の頬を包みこむと、結は怒りに燃える金の瞳をまっすぐに見つめた。
「追いかけてどうするつもりですか?激情のままに殴るの?そんなことしたらバスケ部に……海常のみんなにどれだけ迷惑をかけることになるか」
「……結」
「分かり、ますよね?」
下から見上げてくる澄んだ瞳に映るのは、怒りに我を忘れた自分の姿。
「ふ、ぅ」
途切れ途切れに息を吐き出して懸命に呼吸を整えながらも、頬から伝わるかすかな手の震えに、黄瀬はギリっと唇を噛みしめた。
「ゆっくり、深呼吸して下さい」
そう言って、唇をたどる指はひやりと冷たい。
(オレの、せいで……)
口の中に広がるかすかな鉄の味も、怒りと後悔の念で今は何も感じることが出来なかった。