第21章 バニラ
画面に突然現れた彼の母親の名前を、戸惑う指でタップしたのは昨日の夕方のこと。
押し切られるように番号を交換してから、こんな風に電話がかかってくるのは初めてだった。
『涼太、昨日から熱出して寝込んでんのよ。もしかしたら知らせてないんじゃないかと思って……。結ちゃんさえ良かったら、少し顔見せてやってくれないかしら?』
インフルエンザの検査は幸い陰性だったから、もし時間があればという遠慮がちな声に、結は取るものもとりあえず駆けつけた。
手土産ひとつ持っていないことに気付いたのは、ホッとした顔で出迎えてくれた母親の姿を見た時だった。
「コレ、一日遅れのお見舞いです。昨日は何も持って来られなかったので」
「え?オレ、今日はガッコ行くけど、お見舞いとか貰ってもいいんスか?」
目の前の紙袋を受け取りながら「でも、朝から顔見れてラッキー!」と顔を輝かせるその笑顔に、またしても胸が騒ぎだす。
彼にドキドキしない日は、永久に訪れることはないのかもしれない。
(でも、やっぱり一番カッコいいのは……)
海常ブルーのユニフォーム姿で、悠然とコートに立つ雄々しい背中を思い浮かべ、結は首に巻いたマフラーにもぞもぞと口許を埋めた。
「じゃあ、私はもう行き……っ」
呼吸がいきなり止まったのは、目の前の大きな胸に、顔を押し潰されたせいだ。
「もう行くんスか?時間、大丈夫ならもう少しだけ……」
大丈夫かと問われれば、その答えはノーだ。
今日に限って、どうして朝一番の講義があるのだろう。
しかも、遅刻にはうるさい教授という有り難くないおまけ付き。
「ダメ、っスか?」
腰に回った腕にゆるく抱きしめられて、結は心の中で白旗を掲げた。
「大丈夫……です」