第20章 ディフェンス
皮肉屋で外面のいい母親の、らしくない気遣い。
「びっくりしたんですからね……」
目を伏せる彼女に「ごめん」と謝りながら、部屋を追い出してしまった母親にも心の中で頭を下げる。
「インフルエンザだったら困るし、ヘタなこと言って心配かけたくなかったんスよ。ホント、ごめん」
「心配くらい……させて欲しい、です」
学校帰りなのか、セーターにジーンズというシンプルな服装は彼女の定番スタイル。
襟から覗くシャツのストライプが、彼女の真っ直ぐな性格を表しているようで、不思議と心が和む。
「何、そのデレ発動……」
「で、デレてませんっ!」
ピアスどころかイヤリングすら着けない耳朶がほんのりと朱に染まり、まるで噛んでくれと言っているかのように柔らかさを主張している。
「……熱、あがりそ」
黄瀬はモゾモゾと、布団の中で落ち着きなく身体を揺らした。
「え……大丈夫ですか?夕方になって、熱が上がることはよくありますからね。ちょっといいですか?」
額に感じるひんやりとした手に、黄瀬はそっと目を閉じた。
「あ〜気持ちい……」
「やっぱり、まだ少し熱いですね。水分ちゃんととってますか?」
熱を中和するように位置を変える小さな手が、たまらなく愛しくて。
(心配してくれてんのに……オレ、なんかマジでヤバいかも)
ムクムクと膨らむ下心と、いつ崩壊するか分からない薄っぺらな理性。
かさつく唇を舌先で舐めて、黄瀬は視線を泳がせた。
「飲ませてくれんの?口移しで」
「却下です」
「ハハ、やっぱ駄目っスか」と苦笑いした黄瀬が、細い首に光るものを捉えたのは一瞬のことだった。
「あれ?めずらしっスね。結がアクセサリーって」
「え……あっ」
その顔色が一瞬で変わったことを、鋭い瞳は見逃さなかった。
「そんなあからさまに困った顔しちゃって。怪しいっス」
「こ、これはアレです。今、世のお爺ちゃんお婆ちゃん達に大人気の磁気ネックレスなんですよ。最近、勉強のしすぎで肩が凝っちゃって……」
首を回すジェスチャーは、見え見えのカモフラージュ。
さりげなく襟を押さえようとする結の手を、黄瀬は布団を脱け出した指で絡め取った。
「ふ〜ん、磁気ネックレス……ね。そんなんでオレを誤魔化せるとでも思ってんの?」