第20章 ディフェンス
「じゃ、下に行ってるけど……もし襲われそうになったら大声だしてね、結ちゃん」
「え」
「ちょ、ナニ言ってんスか!」
背中からひょこっと顔を出した恋人に向けられる母の黒い微笑みに、黄瀬は背筋を震わせた。
「結ちゃんは知ってる?肉体的疲労がピークの男っていうのは、疲れマ……」
「わあぁっ!!も、いいから早く下に行って!オレ、ちゃんとイイコにしてるから!」
「き、黄瀬さん?」
不意打ちの攻撃を間一髪のところでブロック。
「フフン。今の言葉、忘れるんじゃないわよ」
そんな捨て台詞を残し、軽やかな足取りで部屋を後にする背中を、黄瀬は疲れた顔で見送った。
「ハァ……」
「お母さん、何を言おうとしたんですか?聞かれたらまずい話でも……」
訝しげな顔でこっちを睨む可愛い恋人に、妙な知識を仕込まれないよう全力で守ってみせる。
そんな意味不明な誓いに胸を熱くしながら、黄瀬は真剣な顔で何度も頷いた。
「酷いなぁ。オレにやましいことなんて何ひとつないっスよ」
「どうだか……まあ、今日は病人だから特別に許してあげましょう」
そう言ってクスクス笑う彼女の笑顔が何よりの薬。
(あぁ、癒される……)
「結、ベッドまで連れてって……イテっ」
差し出した手をペチと叩かれて、黄瀬は熱で潤んだ瞳を柔らかく細めた。
「さ、大人しく寝てください」
「ふぁ〜い」とベッドに横になった身体に、肩まで布団を掛けてくれる彼女の香りが鼻孔をくすぐる。
リップも塗られていない唇が、こんなにも心を乱すのは何故だろう。
「思ったより元気そうで良かったです。でも……」
「ん?」
「どうして……教えてくれなかったんですか」と不満そうに口を尖らせる仕草に、熱がぶり返しそうだ。
「たいしたことないと思ってたんスよ。まさか、二日もガッコ休むなんてホント想定外」
本当は顔が見たくてたまらなかった。
薄いピンク色のナース服なんてオプションはなくても、彼女に看病してもらえたらどれほど幸せか。
それは男なら誰でも夢見るロマン、誰に何と非難されようと構わない。
だが、ただでさえ多忙な結に迷惑はかけたくなかった。
もしインフルエンザなら尚更のこと。
「てか、誰に聞いたんスか?」
「お母さんから連絡もらって……」
「へ」