第20章 ディフェンス
こんもりと盛り上がったベッドカバーは深い深い海の色。
隅に置かれた四角い箱が、適度な潤いを提供しようと健気に働く部屋に、コンコンとノックの音とともに開いたドアから顔を出したのは、三人の子供がいるとは思えない若々しい女性だった。
「涼太、具合どう?」
「ん、別に……」
軽く咳きこんだ後、黄瀬涼太はドアにくるりと背中を向けた。
仕事を休んでくれた母親に、素直に有難うと言える年齢ではなく、これ以上雑な看病はお断りだと言わんばかりに、彼はその目を固く閉じた。
首にネギを巻かれそうになった時の悪寒は、風邪のせいではないはずだ、絶対に。
(意外と知識が古いんだよな。しかも、すりおろしたリンゴとか……オレは子供かっての)
「せっかく薬持ってきたのに、そんな可愛くない態度とるんだ」
「もう熱はほとんどないし、薬なんかいいって。明日はマスクしてガッコ行く……てか、バスケしてぇ」
(日曜までには絶対治す!気合いだ、気合い!)
彼女に会える貴重な週末を、ウィルスなんかに奪われてはたまらない。
「「バスケ馬鹿……」」
「そんな悪態つくなら出てってよ。オレ、今から寝るからさ」
(って、あれ?今の声……)
潜りこんだ布団の中で、黄瀬は大きく目を見開いた。
「ハイハイ、分かったわよ。じゃ、下でお茶でも飲もうか。結ちゃん」
「はい。そうしましょう」
「ま、待ったぁーーーーっ!!」
まるで生き物のように宙を舞う布団の中から、黄瀬は病人とは思えない俊敏さで飛び起きた。
「……結っ!?なんで……っ、ゴホゴホッ」
急に息を吸い込んだせいで、激しく咳きこむ背中に優しく触れる小さな手。
「駄目じゃないですか。ちゃんと寝てないと……こ、こらっ!」
「結……っ」
目の前の存在を確かめようと、ぎゅっと抱きついた黄瀬の背中にバチンと派手な音が鳴る。
「イッテーーっ!ちょっ、病人にヒドくないスか!?」
「親の目の前で何サカってんの。そんなに元気なら、お見舞いは必要ないみたいね。結ちゃんは下に連れてこっかな」
同じ手なのに、こうも違うのか。
ヒリヒリする背中に顔をしかめながらも、「それはダメっス!ごめん、マジで謝るから!」と形ばかりの謝罪をすると、黄瀬は結の前に立ちはだかった。