第17章 ハングリー?
体育館に響く心地いいボールの音。
「っし!今日はこのくらいにしとくかな〜」
練習用のTシャツで汗を拭いた拍子に覗く腹筋に、不覚にも胸が騒ぎだす。
「お、お疲れさまです」
「あ、モップはオレかけるから!」
視線を逸らした結の手からモップを奪って、黄瀬は自主練で使っていたコート半面にスイスイとモップをかけ始めた。
じゃあボールをと手にかけた籠のズシリとした重量に、腕が軋む。
「う。重い」
だが、「そっちもやるから置いといて!」と声をかけられても、「ハイそうですか」と引き下がるのはなんだか悔しい。
バタバタと近寄る足音を振り切るように、結は体重をかけて籠を押した。
「も〜、結はもっとオレに甘えていいんスよ。あと、さ……今日はゴメン。嫌な気分にさせちゃって」
「黄瀬さんが謝ることないんですよ」
背後から重なる優しい手を強く握り返す。
(私は、隣にいられればそれで……)
その奇跡にあらためて感謝しながら、結は背中に感じる硬い胸板にそっと身を委ねた。
「じゃあ、背中押しますね。でも、ホントにどうしたんですか、耳」
「たいしたことないんスよ。あ……でも、ピアスはホラ」
ストレッチを手伝ってくれる手に、だらしなく緩む頬を引き上げながら、黄瀬はTシャツの下から細いチェーンを引っ張り出した。
その金の鎖を滑るピアスは、彼女からもらった大切な誕生日プレゼント。
嬉しくて嬉しくて、つい指先で弄んでいたせいだろう。
炎症を起こして腫れた耳は、一週間の安静を言い渡されてしまったのだ。
「──というわけなんスよ。せっかく結がプレゼントしてくれたのに……ゴメン」
お叱りを覚悟しつつ、シュンと項垂れた黄瀬の耳に降ってきたのは、だが意外な言葉だった。
「……嬉しい」
「へ?」
「よかった、気に入ってくれて」
小さなつぶやきに後ろを振り向いた黄瀬は、頬を染めて恥じらう恋人の顔に言葉を失った。
「何を選んだらいいか分からなくて、ガラスケースの前をお腹を空かせた熊みたいに行ったり来たり……ハッ」
「……お腹を空かせた、クマ?」
「と、店員さんに言われたん……です」
結は自分の失言を誤魔化すように、ガオーっと吠えながら両手を上にあげた。