第17章 ハングリー?
九月も半ばを過ぎたとはいえ残暑厳しいこの季節。
練習が終わる時間まで残っている女子は、さすがにいなかった。
「今日は少しだけ居残り練習する予定なんスけど……」
チラリと思わせぶりな視線を投げかけられて、結は小さく息を吐いた。
「仕方ないですね、待って……」と言い終わる前に、「ヤッター!」と抱きついてくる黄瀬にふと感じる違和感。
もともと彼だけを特別扱いすることがないうえに、今日はやる事が多くてバタバタと走り回っていた。
明日の練習試合に向けて早川に呼ばれる事も多く、遠目ではその異変に気付くことが出来なかったのだ。
まとわりつく駄犬を押し返しながら、黄瀬を見上げた結は、その顔を一瞬で曇らせた。
「耳、どうしたんですか?」
「あ……いや、ちょっと、ね」
トレードマークでもある左耳のピアス。
少し伸びた髪に隠れた耳にいつもの輝きはなく、代わりに貼られた小さな白いテープが痛々しい。
「もしかして、接触した時に怪我したとか……見せてください」
「ちょっ!大丈夫だから……結、落ち着いてっ!」
バスケは、時に身体と身体がぶつかりあう激しいスポーツだ。
決して故意ではないにしろ、アザや小さな怪我は日常茶飯事。
だが、耳の怪我を確認しようと、背伸びをして顔を近づける姿は、まるでキスを強請っているかのようで。
「結って意外と心配症なんスね。けど、いいの?みんな見てるよ」
「はっ!?」
ニヤニヤと嬉しそうな黄瀬に顔を近づけられて、結ははたと周りを見渡した。
そこには、じゃれるようなふたりの姿に、咳払いしながら視線を外す部員達と、こめかみに怒りマークを刻む早川の赤い顔。
「おまえ(ら)!ここは神聖な体育館だ!いちゃつくな(ら)外でや(れ)っ!」
今の状況をようやく理解した結は顔を赤く染めると、あわてて黄瀬から離れた。
「す、すいません!!」
「ハハ、真っ赤。可愛い〜」
「ム……私やっぱり先に帰ります。皆さん、お疲れさまでした」
「え、ちょっ……待って待って!今のはオレのせいじゃないっしょ!?」
お疲れっす!と和やかな空気が広がる中、スタスタと離れていく結の背中を、黄瀬は全力で追いかけた。