第15章 リベンジ
「うわぁ、ずぶ濡れになったっスね」
急に降りだした雨のせいで中止になった夏祭りを後にし、家まで送ってくれた黄瀬をそのまま帰すことは出来なかった。
「水も滴るいい男……イテっ!」
「自分で言いますか、まったく」
背中をパシリと叩かれて、玄関先で「へへ」と目を細める恋人は、やはりいつもより三割増の色男。
「お、久しぶりっスね!」
待ってましたとばかりに長い脚に絡みつく水原家の猫を抱き上げると、艶々とした毛並みに落ちる唇がわざとらしく音を立てる。
濡れるのは嫌いなくせに、お気に入りの男性に抱かれてゴロゴロと素直にノドを鳴らす次女がほんの少し羨ましい。
「今、誰もいないんスか?」
「え、っと……そろそろ兄さんが帰ってくると思うんですけど」
「へぇ」
何かを探るような低い声。
結は動揺を隠しながら、素知らぬ顔で黄瀬に背中を向けた。
家に誰もいないことは、玄関を開けるまで気づかなかった。
いくら恋人とはいえ、家族が不在の家に男性をあげることは抵抗がある。
今日は出掛ける予定はないと言っていた兄は何処に行ってしまったのだろう。
けっして黄瀬と仲がいいとは言えないが、兄がいると思えばこそ、結はずぶ濡れの彼を家に招き入れたのだ。
(もぅ、肝心なとき役に立たないんだから)
今から帰宅を促すのは、変に意識しているみたいで逆に気まずい。
結は出来るだけ自然な素振りで、黄瀬を洗面所まで案内した。
「シャワー使いますか?その間に何か着替えになるもの探しておきますし」
「着替えって、もしかしてお兄さんの?ん……後でシバかれそっスね。別にタオルだけでも大丈夫だけど」
「でも、かなり濡れてますよ。あ、その浴衣洗えるなら、すぐに洗濯しますけど」
「結も早く着替えなきゃ。夏だからって油断してたら風邪ひくよ」
来客用のタオルを探しながら、結は自分も同じように濡れていることにようやく気づいた。
雨に打たれ、身体に張りつく浴衣と、アップにした黒髪からこぼれる雨の名残が、床をポタポタと濡らす。
「部屋で着替えてくるから大丈夫ですよ。これ使ってくださ……ちょ、ちょっと」
タオルを差し出した結は、それをスルーして腕を掴む大きな手に引き寄せられ、バランスを崩した。