第15章 リベンジ
負の気持ちをなんとか飲みこむと、結は甘い抱擁から逃れるように目の前の胸に手を押し当てた。
抱きしめられたままの体勢は、あまりにも心臓に悪すぎる。
本心を隠しつつ、「こんな公衆の面前で」と苦情の目を向けた結は、瞬きの仕方を忘れてしまったかのように、恋人の姿を呆然と見つめた。
藍色の渋い地色の浴衣に、腰骨の下で締められているのは萌葱色の粋な帯。
いつもキラキラと輝いている金髪は、夜の闇と混じり合って、いつもより少し大人びて見える。
いつも以上の人だかりと、あの湯気の正体はこれが原因だったのだ。
腑に落ちると同時に、バクバクと大騒ぎして口から飛び出してしまいそうな心臓を、結はゴクリと飲み込んだ。
「どーかな?随分前になるけど、撮影の時着たのを貰ったんスよ」
「い…………いんじゃないすか」
「ぷっ、ツッコミ処満載の返事っスね。てか今の間は何?説明してよ」
クスクスと余裕たっぷりの顔で笑う黄瀬の浴衣姿は、やはり凶器以外のなにものでもない。
反論の言葉を見つけられないまま、結はポカンと口を開けて、その艶めいた姿に見惚れた。
「だからその顔、反則だって……」
人目を気にすることなく、その場で立ち尽くす結の額に唇を落とすと、黄瀬は「行くよ」とその肩を抱き寄せた。
「ち、近いですっ!」
「夏祭りデートなんだから、いいじゃないスか」
周囲の視線がチクチクと痛い。
「少しは気にした方がいいと思いますけど……」
そっと見上げた視界にキラリと光るのは、トレードマークでもある銀色のピアス。
一見、前と変わらないように見えるそれは、プラチナの中央に金のラインが走った、彼への贈り物。
その視線に気付いたのか、「ん?」と首を傾げた拍子に浴衣から覗く鎖骨の破壊力はいつもより三割増し。
ただでさえ目立つその容姿と存在感に加え、夏祭りとはいえ、浴衣を着てくるなんて全くの想定外だ。
「反則なのはどっちですか……」
「なんか言った?」
「いいえ、何も」
(後で説教してやんなきゃ)
いくらそんな事を考えても、にやける顔を引き締めることは不可能だ。
結は小さく下駄を鳴らしながら、たくましい腕に頭をそっと預けた。