第2章 キノコ
「結の手料理、ホントはオレ以外の誰にも食べさせたくないんスけどね」
ぷうっと頬を膨らませる黄瀬の顔はまるで拗ねた子供。そこに人気モデルの面影は一ミリもなかった。
「別に減るもんじゃねーだろ」
「青峰っち!彼氏のビミョーな男心がなんで分かんないんスか!?」
『エプロン姿の破壊力を甘くみちゃ駄目っスよ!』
料理を始める前、エプロンの着用を強く阻まれたことを思い出しながら、結はひとり大騒ぎする黄瀬にチラリと視線を向けた。
シンプルなエプロンのどこにそんな力があるのか、何がそんなに気になるのか全く分からない。
(ビミョーな男心、謎すぎる)
そんな疑問に首を捻りながら、ようやく練りあがった十人分のハンバーグ。冷蔵庫で寝かせる時間があるかはともかく、あとは小判型に成型して焼くだけだ。
「ふぅ」
重い肩をほぐすように、結は頭をぐるりと回した。
「なぁ、ハンバーグ捏ねる音ってエロいんだな」
「は?」
青峰の唐突すぎる言葉の意味が一瞬分からずに、思わず作業の手が止まる。
「だーかーら、セックスしてる時のやらしー音に似てんなって言ってんだよ」
デリカシーのない台詞に、空気が一瞬にして凍りついた。
「(な、なんてこと言いだすんですかぁ~!青峰さんっ!)」
「あああああ青峰っち!何言ってんスか!」
パクパクと口を開けるだけの桜井の隣で、「オンナのコがいんのに、それはないっしょ!」と黄瀬が青峰に食ってかかろうとしたその時。
「おぉ、さすがにキセキの世代ともなると色々と奥深い。是非ご教示いただきたい!」
タイミングが良いのか悪いのかはともかく、キッチンに顔を出した森山の反応はひと味違っていた。
「森山センパイ!ナニ言ってんスか!?笠松センパイも何とか言ってくださいよ!」
黄瀬は、森山の隣で唖然としている笠松に救いを求めるように目を向けた。
「そうなんですか?」「そ、そうなのか?」
だが、頼みの綱のはずのキャプテンは、結と同じような言葉をつぶやきながら、真面目な顔で青峰の言葉を反芻しているだけだった。
「あ、笠松さん。あと焼くだけなので、もう少し待ってくださいね」
「お、おぅ。悪いな、水原」
「ダメだ……このふたり」
ガクリと項垂れる黄瀬の金髪が、力なくなびいた。