第8章 距離
しばらくの沈黙の後に
彼はため息をつきながら
大倉「はいはい、分かったよ....」
呆れながら肩をすくめて言う彼に
私はもっとイラッとしていた
怒った顔を見せている私に彼は
優しく微笑んだ
「何ですか?」
私は動揺した
その時、彼の手が私の頭に触れる
大倉「やっぱり文句を言われても
落ち着く....」
私の頭を撫でたのだ
私の胸に痛みが走しりだした
忘れたい記憶が蘇ってくる
失いたくないモノを失った日を....
私は軽く彼のその手を払った
払われた事に彼は驚いたようだが
大倉「ごめん、触れられたくないんやな」
私は小さく頷く事しか出来なかった
大倉「なぁ、心に触れんからさ
これからも俺と会ってくれんかなぁ?」
その言葉を
私はいつものように突き放せなかった
いつまでも返事がない私を
彼は黙って見つめ続けながら
大倉「あかん?」
その静かで短い言葉が
彼の声にならない悲鳴のように聴こえた
「少しなら....」
初めて彼を受け入れた瞬間だった
彼の顔に微笑みが戻る
大倉「ありがとう....」
「いいえ....」
大倉「じゃぁ
さっそく明日に飯を食べに行かへん?」
私はすぐに睨んだ
「少しって言いましたよね」
大倉「はいはい」
私に突き放されても彼は嬉しそうにしていた
私は呆れていたが
心のどこかでは楽しんでいた
楽しむ事を禁止した私の人生だったのに
私はその事を思い出した
「私、そろそろ帰りますから....」
大倉「送ろうか?」
「平気です....」
大倉「そうか?」
「それでは、おやすみなさい」
私は彼に頭を下げて、彼から離れようとした
大倉「またなぁ!」
私は、振り向かずに歩いた
これ以上の距離は
私には許されてなかったのだ
その事を決して忘れてはいけなかったのだ