第3章 吉原炎上篇
砂煙で顔が見れないサムライさんを眺める旦那。
「哀れな男よ。国も主君も護るものを全て失い、最後は他人のものを護って死んでいくとは。
己の剣にそんなに意味が欲しいか。そんな剣では何も護ることなどできはせんわ。
己の命すらな。」
「…ぎっ銀さん!銀さぁぁぁん!!」
『「……」』
私は隣にいるアホ毛を見た。ちょうど彼と目が合った。
「泣いてる暇なんかないんじゃないのかい。」
『何かを護ってまで絶った命、そこまでした頼みは聞いてあげた方がいいよ。』
少し考え込んだ晴太は手をギュッと握って、日輪の元へ走り出した。
それを見て旦那はまだ勝ち誇った顔だった。
「言ったはずだ。吉原の女は…日輪はわしのものだと。どこにも逃げられはせぬと。地上に飛び立とうにも吉原には空などない。
ましてや、飛ぶための翼など、もうの昔にちぎれて落ちておるわ。」
『…!旦那、まさか…日輪の足を…!』
「最早その女、一人では歩くことはおろか、立つことさえままならぬ。
もうどこにも行けはせんのだ。
わしの元から飛び立つことなどできはせぬのだよ」
『…ッ』
「…女をつなぎ止めるため足まで奪ったか。」
「母親ごっこはもうおしまいだ、日輪。薄汚れた遊女が母になどなれるわけがない。
お前は母親になどなれない。それを証明してやる。その童を殺してな。」
また、旦那は番傘を肩にかける。
『…ふざけんなよ』
立ち上がろうとしたが、神威に止められた。
「やれやれ。ここまでお熱とはね。我が師匠ながらとんと呆れますよ。
八年前から何も進歩してないようだ。」
『……遊女を傷モノにしたのに商品としての価値も奪って側に置いておくなんて…』
「旦那、どうやらアンタにとって日輪…商品としてではなく、一人の女として必要なものらしいな。」
「…必要なもの?何をぬかすかと思えば。」
『金も、権力も、女も全て好きに手に入れて来た旦那が、手に入らなかったもの。 地下にまで追い込まれ逃げ込んだ旦那が屈せざるを得ないもの、それが日輪。』
「奴はこの常闇にあっても変わらぬ姿で存在しているのだ。…わしにとって、いや、夜兎にとって最も忌むべき存在。唯一無二の天敵、そう。日輪(たいよう)が。」