第9章 火影 磯影 木偶の坊
「・・・イタチさんとやら」
鬼鮫と牡蠣殻のやり取りにポカンと呆気に取られていた深水が、傍らのイタチに声をかけた。
深水の目には、鬼鮫が、そして長年面倒を見てきた牡蠣殻までもが、別人の様に映った。
「・・・周りへの興味と気配りに著しく欠けた牡蠣殻が伝書を使ってまで干柿さんに連絡をとりたがったのにも正直驚きましたが、まさかこう迄遠慮のない口をきき合う間柄とは想像だにいたしませなんだ・・・」
「・・・確かに遠慮は・・・微塵もない・・・」
「たった二日行き合っただけの間柄と思っていましたが・・・」
「二日行き合っただけの間柄に違いない。・・・伝書でのやり取りはあったが、不定期で内容にも偏りが」
「ああ、皆迄申しますな。こう見えて私も朴念仁ではない・・・」
深水は拍子抜けしたような、肩から荷が下りたような、間が抜けて見えかねない安堵の表情を浮かべている。
「あの人が安心だと言ってやる事はオレには出来ない」
イタチは深水の肩に手を置いて、その目を覗き込んだ。
「でもあの人にあなたが絶対に必要ではなくなるかもしれない。それで納得していい。あの人の分を伴侶と・・・子供に注いだら、あの人の肩の荷もあなたと同じ様に軽くなる」
「お若いのに本当に生意気な方だ」
深水は目尻のシワを深めて苦笑した。
「苦労して来たのでしょうな」
窓の方から羽音がした。
「うむ、迎えが来たようです」
深水は窓を引き開けて、木偶の坊を招き入れた。
「あなたの苦労が報われる事を願っていますよ。よしんば護衛が実現したとしても、再びこのように話す機会があるとも思えませぬで」
笑うと、深水は随分人懐こい顔になった。イタチは目を瞬かせて、ぎこちなく笑い返した。
「無事いい子が産まれて来るように・・・」
「ありがとう」
木偶の坊を撫でて労をねぎらいながら、深水は牡蠣殻を見やった。
「本当に、やっと心が決まった・・・。 妻を連れて、里を抜けます」