第3章 恩師
翌朝、イタチと食堂に向かった鬼鮫は目を疑った。
牡蠣殻が、豆腐ではなく白飯を食べている・・・ではなく、昨日まで見当たらなかった男と普通に朝食をとっている。
やっつけ仕事のように目の前のものを呑み込んで腹を押さえながらおかわりに立った
牡蠣殻を見て、鬼鮫はイタチの肩へ引き倒すような勢いで手をかけて前に出た。青い顔をしている牡蠣殻の傍らに立ち、声をかける。
「おはようございます、牡蠣殻さん」
「・・・おはようございます」
牡蠣殻は急に血糖値が上がったか何かした様子で、ぼんやりしている。
"何やってるんですか、この人は"
チラリと見返すと、卓に取り残された男がじっとこっちを凝視している。
五十そこそこ、なかなかの体つきをしているが忍の匂いはしない。・・・どういう関係なのか。
「朝食をしっかり摂るのは悪い事ではありませんが、無理はいけませんよ」
男の視線を感じつつ、牡蠣殻の手から皿を取り上げる。いつの間にか側に来ていたイタチが、それを受け取って空いた卓に置いた。
「大丈夫なのか・・・?」
気遣わしげな彼に牡蠣殻は青い顔で何故かガッツポーズをして見せる。
「いや大丈夫、お気遣いありがとうございます。私はやれば食べれる女なのです」
「・・・ちょっと牡蠣殻さん、明らかにおかしいですよ、あなた」
「おかしかないですよ、笑えません」
「そうですねぇ。私も笑えませんよ。もう止めなさい。イタチさん、冷たくない水を貰って来て下さい」
「わかった」
「干柿さん・・・」
「憚りですか」
「・・・全く申し訳ない。ご名答です・・・」
「何が申し訳ないんですか。掴まりなさい」
「面目次第もございません・・・」
「あなた本当に口が減らないんですねえ・・・。いっそ感心しますよ」
「あ・・・すいません、ちょっと・・」
口を押さえて立ち止まった牡蠣殻の背中を擦り、鬼鮫は背中に突き刺さる視線の主を振り返った。
男はじっと座ったまま、厳しい目でこちらを見ている。鬼鮫は眉を上げてそれを見返した。
「またお優しそうな方ですねえ。どういったお知り合いです?」
「恩師です・・・」
「凄い恩師ですねぇ」
「ええ、凄い方・・・ぅわ・・・」
顔を上げた牡蠣殻を抱き上げて、鬼鮫はもう一度まっすぐ男を見返した。
「は。凄いというのは便利な言葉だ。しかしまあ、ありゃ恩師じゃありませんね」