第15章 牡蠣殻の飼う血
血小板という血中細胞がある。血中の凝固因子と共に、出血を止める役割を果たす細胞だ。これが少ないと出血が止まりにくくなる。
「しかし牡蠣殻の検査において、数値の異常は認められませなんだ。定期的に検査しても結果は常に同じ。即ち、あれの血中における血小板は在るのに役割を果たしていない、もしくは果たさせて貰えない状況にある」
そわそわと窓の外を眺めながら、深水は湯呑みの淵を指でさすっている。意味のない行為だが、無意識に自分を落ち着かせようとしているのだろう。甲高い声が、上ずっている。
「あれの血中には他にない何かが生きて流れているようですな。他の人間の体の中では四ヶ月で免疫が切れ、全うな血液に淘汰されてしまう。ただ牡蠣殻の血液だけが飼い得る何か。免疫抗体である白血球に攻撃される事もなく、赤血球も当然のようにそれを循環させ、血小板のお株を奪って何故か共存している」
「生存本能しかない細胞が、ホストの生命に危険があるような寄生体を何故受容するんです?メリットがあるようには思えませんがね」
「ふむ・・・」
鬼鮫の疑問に深水は渋い顔をして黙り込んだ。
鬼鮫はトントンと卓の上で指を鳴らした。
「あるんですか?メリットが」
「・・・・・知ったところで・・・」
「どうするかはあなたが決める事ではない。牡蠣殻のあの血が持つメリットとは何です?」
深水は溜め息を吐いて額を撫で上げた。厳しい目で鬼鮫を見やり、渋々口を開いた。
「血清作用です。あれの血液には異常な自浄能力がある」
「毒消しですか」
「体内で飼っている分には大変な力でホストを守っているという事になる。他の人間にしても、四ヶ月の安静は強いられますが、あれの血液が少しでも入れば大概のものは解毒される・・・・」
「・・それはそれは・・・」
鬼鮫は目を細めた。
「さぞ研究のしがいがあったでしょう。成る程音の嘘に丸め込まれる訳だ。実際に人助けになる側面もあるのですからねえ」
「これは誰にも口外しておりません。牡蠣殻本人にさえ。だから音がどこから嗅ぎ付けたのかと不思議に思いました。・・・全て誤解とも考えず・・・」
「せいぜい口を噤み続ける事ですね。知れたところでロクな事にならないのは目に見えている」
鬼鮫は内心舌打ちしたいような気持ちで言い捨てた。
強い薬は毒にもなる。毒は使いようで薬にもなる。正にこれだ。
