第1章 娼館【Night raid】
ヴィアトリクス「全く…マリアクレアときたら雅さの欠片も無い…レディ達はアレのどこが好いのですやら」
一騒動をロビーの隅で見ていたヴィアトリクスは呟く。
元が夜行性とはいえ、彼の今住まうこの世界の住人の殆どが昼を主な生活時間としている。
彼は老獪であるが故にまめだった。
眠くてたまらない時間に自分の孫どころか子孫レベルの子女達に連絡をとる。
『おはようレディ、よく眠れているかな?』
とか
『そろそろお昼休みの時間だね。食事は資本だ。きちんと摂取するんだよ、レディ』
とか
『最近君の名前が私のリストに無いようだけれど元気にしている?心配だよレディ。少しでいいから顔を見せてほしいな』
とか。
兎も角連絡先を知っている子女一人一人にそれを行うのだ。
それが常用となってきた所為か瞼が重い。
ヴィアトリクスはルチアに淹れさせた特性の薫茶を飲み眠気を紛らわす。
今日は夜半には週に一度は帰ってきてくれる婦人の予約が入っているからそれまでは取り敢えず暇だ。
ロビーの応接セットの側にある窓の外を見ればナイトワークに向かう異形仲間達が見える。
嗚呼、ご苦労な事だ。
と他人事の様に思い茶を啜る。
彼にとってこの仕事は仕事でありながら呼吸をするような当たり前の生存行為であるが故にあまり業務という意識がない。
今日も愛しい婦人の帰りを待つだけ。
何と愉しき時間。
ヴィアトリクスはゆるく微笑み冷えた茶から口を離し、ルチアに新しい茶を淹れさせる為に手首に結んだ鈴を鳴らした。