第12章 懐かし語【吸血鬼主従】
今夜も彼女は街の有力者との晩餐会に出る予定だ。
彼も同伴していたが、食事は一緒しないのが常である。
婦人を会合へエスコォトしたらぬらりくらりと出て行ってしまう。
彼女もヴィアトリクスを留まらせ様とした事もあったが気が付くと居なくなっている為もう諦めていた。
その日も郊外の斜陽な屋敷に馬車を乗り付け彼女を玄関まで連れて行くと街へと歩き出して仕舞う。
溜め息を付き婦人はその背中を見送った。
街は夜の帳を纏い始めている一一。
彼は婦人の財布から金貨を取り出し指先でもて遊びながらまだ街というには飾り気の無い雑踏を歩く。
昨今、まるで力無き民を奮起させようとしているかの様な魔王の進撃に疲れ果て此方へ渡ってきた人々一一この場合魔々はというべきか一一は皆安らかな顔をしている。
夢魔や夜行性の獣人一一夜を活動時間にする者は意気揚々と、今から休む者は粛々と、其々の舞台へ向かっていく。
彼はそんな人波を尻目に金貨を指で弾く。
一一さて、まず賭場へ出向きこの金貨を十枚に増やそう。
だがすぐ勝っては面白くない。これ以上無い程に劇的にゲームメェクしなければいけない。その為には負けている振りだって必要だ。
ただ最後に一人勝ちするのは僕でなければいけない。ただ一人僕だけが。
そんな風に考えながら穴蔵の様な秘密の賭場を探り当てる。
彼はそういうコトには恐ろしい程鼻が利く。
外套は脱ぎタイを弛める。
扉を開けるとやはり地下にあるバァを装った其処は賭博場だった。
静かなジャズの音色に心がはずみ足が勝手にステップを踏む。
「両替を頼む」
金貨を翳せば濁った目で賭けに興じていた客達が顔を上げる。
品定めをする視線が彼に集中するのは堪らなく気持ちが良かった。