第12章 懐かし語【吸血鬼主従】
彼は端的に云えば婦人を愛していた。
人間世界へのデビゥを控えていた彼は後見人として引き合わされた外交官の彼女に激しく心を掻き乱され。
姿も若々しく艶やかながらそれを隠す様に常にきっちりと身構える様も心根も、一一全てが美しい。
勿論、知り得る美辞麗句の全てを用いて彼は婦人を口説いた。
口説かない方が失礼だとありとあらゆる方法でその心を得ようとした。
が、一一頑なに彼女は首を縦に振らない。
一一わたくしは、別にお前が嫌いな訳では無いの。
その言葉に彼は無邪気に笑んだ。
では一一。
一一最後までお聞きなさい。若くて勢いがあるのがお前の利点だけれど、もう少し分別のある立ち振る舞いができればもっともっと素敵になるわ。
小さなえくぼを広げて彼女が笑う。
倍程も年が離れている、彼にしてみればまだ赤子の様な年齢の婦人にいつも踊らされる。
それは悔しい筈なのに堪らなくむず痒い様な喜悦しか産まないのだから恋は全く酷い病だ。
一一そう眉を寄せるものではないわ。ヴィアトリクス。
…………御免なさい。私の気持ちは全て空の向こうに消えてしまったのよ。
空色の瞳が窓の向こうの遠い場所を見る。
このうら若き美しい婦人が未だに誰の妻でもない理由に彼は顔を顰めた。
一一嬉しいわよ。貴方が紡いで呉れる言葉は全て。ただ受け入れて共に生きる事は出来ないの。分かってね。
優しく微笑む彼女に、ヴィアトリクスは何も云えなくなってしまった。
そんな深い愛を彼は知らなかったのだ。
それでも彼等は共に在った。