第8章 Episodes.泉森:愛と温もりと憎悪
事件はすぐに起きた。
この日は兄さんは学校だから留守。
おばさんも仕事で不在。
居るのは無力な僕、たった一人だけだった。
少し不安そうなねーさんは、
どこに移動するにも
僕から少しも離れようとせえへんかった。
『…ヤスくん』
『ん?どうしたん?』
『う、ううん。なんでもないよ』
ねーさんは何か言いかけてやめて、
何度も意を決したように
僕の名前を呼んでは口をつぐんだ。
疑問に思ったけれど、
その時の僕は
深く気にするほどではなかった。
珍しくその日、母がやって来た。
久しぶりに出掛けようという提案。
僕も嬉しくて了承した。
『ちゃん…家に1人平気?
一緒においで。私は大丈夫よ』
母がそう言ったけれど、
ねーさんは頷かなかった。
家族の時間は大切だから
と笑っていた。
だから手を振ろうと出しかけた手を
すぐ引っ込めて『気を付けて』
と、ぎこちない笑顔に
『すぐ帰るから待っとってなぁ!』
と、母と大きく手を振っとった。
そのあと、ねーさんが居なくなるなんて
思ってへんかったから。