第81章 そして誰もいなくなった
「ガルルルゥウッ!」
「ま、まぁ…凄い声…風邪じゃないかしら?婦長さん…」
口の端から唾液を溢れさせながら、ジタバタと暴れる婦長はいつもの姿など垣間見えず。
まともな言葉も発さず唸る彼女に、心配そうにミランダが顔を寄せた。
熱を測ろうと伸ばした手が、婦長の額にぴたりと触れる。
「ガァッ!」
「え───」
途端、押さえ付けていた科学班の手を振り解き、婦長は目の前のミランダへと突っ込んだ。
突っ込んだ勢いで婦長が起こした行動。
それはミランダの細い首筋に食らい付くことだった。
「わーッ!?!!」
「婦長ぉおおお!?!!」
「何してんですか婦長ーッ!」
「ガルルルルッ!」
「ミランダ…!大丈夫かっ!?」
「ニャー!」
アレンの左腕とは違う。
人の急所である首に鋭く噛み付く婦長に、一斉に皆の顔が真っ青に塗り換わる。
慌てて科学班総動員で婦長を押さえる中、ミランダはマリやリナリーの手によって救出された。
「ガァアアアッ!」
「なんでそんな怒ってんですか婦長!?」
「涎!涎垂れてますよ!」
「落ち着いて話し合いましょう!ねっ?」
「ガルルァア!!」
「いっでぇ!?」
「ぎゃー!だから噛むなって婦長!」
「そんなストレス溜まってんの!?」
「いだだだだ!」
「婦長ー!ブレイクブレイク!」
取り押さえたものの暴れる婦長は至る所、手当たり次第に科学班の皆に噛み付き、被害は増すばかり。
「ふ、婦長さん一体どうしたのかな…!?」
「わ、近付くなさ南っ噛まれるって!」
「でも…っ」
「ミランダ、痛む所は?平気か?」
「ニャア…ニャアア」
「だ、大丈夫よマリさん…吃驚したわ…」
加勢に行こうとする南を、しがみ付くようにして小さなラビが止める中、救出されたミランダは震えながらもどうにか一息ついていた。
心配そうに伺うマリとリナリーに、首元を押さえながらも首を横に振る。
一応心配はなさそうだと、ほっとしたのも束の間。
───ドク ン
彼女の心音は不吉な音を立てた。
「…ミランダ?」
どっくんどっくんと打ち鳴らす鼓動は一つ一つ力強く、しかし嫌な雰囲気を漂わせる。
いつものミランダとは違う心音に、マリは眉間に皺を寄せた。