第81章 そして誰もいなくなった
「儂の髪が…ウサ耳に…髪が…」
ぐすぐすと体操座りで凹む老人、ブックマン。
唯一残されていた、髷のように一つ結っていた一房の白髪。
それは被った薬品の所為で、何故かふさふさの兎耳へと変貌しており、ぷるぷると彼の頭の上で震えていた。
そして。
「しっかし…まさか身内まで被害に合うとはな…」
「う。」
「退院したてで、仕事意識薄れてんじゃねぇのか」
「ぅう。」
「ブックマンを巻き込んだようなもんだしなぁ」
「ぅうう…!」
ぐさりぐさりと、呆れた科学班一同の言葉の刃が突き刺さる。
その感情を表すかのように、頭に生えた二つの黒い兎耳は、へたりと項垂れていた。
「「「なぁ、南」」」
「わーん!ごめんなさぃいい!」
はん、と薄ら笑みを浮かべる彼らに、耐え切れないとばかりにがばりと床に両手を付いて謝罪する。
それは彼らと同じ白衣姿の女性研究員。
椎名南だった。
引っ越し作業中に、梯子を使って高い本棚の文献を取り出していた南。
下りる際に誤って踏み外してしまった体は落下し、近くにいたブックマンが咄嗟に抱き止め助けてくれた。
が、しかし。
降下の際にばら撒いた文献が棚にぶつかり、そこに仕舞われていた薬品が転がり出てきたものだから、さぁ大変。
忽ちに薬品を被ってしまった南とブックマンの髪の一部は、見事なふさふさの兎耳へと変貌してしまったのだ。
「ぅう…ごめんねブックマン…そ、その耳可愛いよ…」
「爺が可愛いなどと嬉しゅうないわ…」
「う。だよね…本当にごめんなさい…」
唯一残されていた大事な毛を失くし、ぐすぐすと嘆くブックマンの頭には、真っ白な兎耳。
深々と頭を下げる南の頭には、真っ黒な兎耳。
どちらも感情に従って、へたりと項垂れている。