第81章 そして誰もいなくなった
「おい、南。大丈夫か?」
「え?…あ…は、はい…」
両肩をリーバーに掴まれる。
心配そうな顔で覗き込んでくる上司に、南の意識が引き戻される。
「なんか凄い悲鳴聞こえましたけど」
「どうしたんですかー?班長」
そこへ南の悲鳴を聞き付けた科学班一同が、わらわらと通路の外から顔を覗かせた。
「何があったんスか?」
「…もしや…班長、暗がりに生じて南にセクハラを…!?」
「わー最低っすねー」
「オイ待てお前ら」
ゲラゲラとからかい混じりに突っ込んでくる一同に、ひくりと口元を震わせリーバーが怒りを含んだ声色を漏らす。
まるで冷えた空間に温かい空気が入り込むかのように、先程とは確かに変わった空気を南は感じ取った。
いつもの職場での空気。
(あれは気の所為?)
そう思える程に。
「………」
しかし今度は、気の所為か、なんて軽々しく流せはしなかった。
歪な手。
錆び付いた臭い。
不協和音。
どれもが脳裏にこびり付いて、簡単には剥がれない。
「なんさ、今の悲鳴。南もそういう女っぽい悲鳴上げるんさなー」
「…女っぽいって何」
軽く笑いながら歩み寄ってくるラビに、ついジト目で返す。
その言葉は気に入らなかったが、深く突っ込む気にもなれない。
「はんちょー、南を脅かしてやるなさ」
「悪かったな。通路の奥でじっと壁を見たまま座り込んでたから、何かあったかと思って」
(じっと…?)
「…あの、班長」
「ん?」
「その…私だけでしたか?」
「何が?」
「其処にいたの。私しか見ていませんか?」
リーバーに声を掛けられる直前まで、あの謎の人物は南の目の前にいた。
いた、はずだ。
恐る恐る問いかける南に、訝しげな顔をしたのはリーバーだけではなかった。