第81章 そして誰もいなくなった
それでも止むことのないジョニーとタップの笑い声に、堪らず口を開いた。
「ねぇ、ジョ」
「はい」
顔を上げて同僚を呼ぶ。
南の声を止めたのは、視界の横に差し出された危険物の小瓶。
ずいっと差し出された小瓶は手元に押し付けられて、反射的に受け取ってしまった。
手伝いに来てくれた科学班の誰かだろうか。
「ぁ、ありが───」
両手で受け取った小瓶に、触れた肌はひやりと冷たい。
「と…?」
ひやりと冷たく柔らかい肌。
どこかで感じた覚えがある。
そういえば、この声は誰だろうか。
知った声ではない。
寧ろ知らない声。
こんなにトーンの高い、少女のような声の主はここにはいないはず。
何故ならこの場にいる女性は、南一人だけ。
(え?)
小瓶を受け取ったままの体制で固まる。
棚の陰で囲われた視界は、暗い闇に覆われている。
しかし暗い視界に慣れた目は、なんとなくその輪郭を映し出した。
目の前でふんわりと揺れている、服のような布。
床下倉庫の前で屈んでいる南に対して、"それ"はすぐ目の前に立っているからだろうか。
視界に映り込んだのは、全体図ではない体の一部分だけ。
見慣れないワンピースのような服と、長いウェーブのかかった髪。
それから、少し小さな手。
(子、供?)
こんな所に子供などいるはずがない。
その矛盾が、南の体を硬直させた。
顔が上げられない。
凝視するように見つめる目の前の小さな手は、よくよく見ると何かに感染でもしているのか。
ぼこぼこと不自然に膨れ上がり、疣のような痣を至る所に浮き立たせていた。
「…っ」
息を呑む。
ひゅーひゅーと擦れる呼吸音。
(違う)
ひゅーひゅーと、小さな穴が空いた風船から空気が漏れるような。
どことなく似ていて、全く違うようにも聞こえる。
不協和音。
(これ、私じゃない)
ひゅーひゅー
ひゅーひゅー
掠れた奇妙な誰かの呼吸音。
何故呼吸音だとわかるのか。
簡単だ。
「ふ、ひ」
何故なら音が、嗤ったから。