第79章 無題Ⅱ
その場を去る姿は、神田だけじゃなかった。
「室長…コムイ室長、」
「すみません、至急来て頂きたいのですが…っ」
言い難そうに、だけど急かすように傍に歩み寄る団員達。
まだこのノアとAKUMAによって半壊させられた教団は、完全に沈静化してはいない。
ノアとAKUMAの姿はなくても、破損した建物内での安全確保や、怪我を負った人々の救出も終えてはいないだろうから。
「………」
彼らに応えることなく、口を閉じたままの室長が姿勢を正したまま…静かに頭を下げた。
私やリナリー達に向けてじゃない。
その真ん中で、なんの反応も示さないタップに対して。
頭を深々と下げてじっと沈黙を作る。
その沈黙は一瞬だけだったけど、不思議と長く感じられた。
「どうした?」
「あ、はいっ」
「実は───」
さっと顔を上げた時、もう其処にいたのは"黒の教団科学班室長"であるその人だった。
踵を返して、迷う素振りも見せずに団員達とその場を去る。
進む足に迷いはない。
…迷ってなんかいられない。
あの人が抱えているものは、タップだけじゃない。
この場にいる全ての人の命だから。
「タップ…ぢぬな…こんなんで死んじゃ駄目だ…ッ」
嗚咽混じりの濁った声。
ジョニーのその声に、意識が目の前に引き戻される。
目の前の、その現実に。
「死ぬなよぅ…ッ…タップ…!」
涙と鼻水の混じった顔を、タップの骸骨の顔に押し付ける。
私の涙と同じ。
ボロボロと零れるジョニーの体液が、タップの顔を濡らしていく。
「タップが死んだら…ッオレ…っオレ、も…南も…ッ」
「…ジョニ…」
「まだ、機材運びの時の借り…返せてないのに…ッ」
…ああ。
私と、同じだ。
生に必死に縋り付いて、引き止めようとしている。
タップを"死"から遠ざけようとしてる。
それが無意味だなんて頭ではわかっていても、きっと縋らずにはいられないから。