第79章 無題Ⅱ
貧血でジョニーが倒れる度に、医務室まで運んでいてくれたのはタップだった。
仕方ねぇなぁってぶつぶつ文句を言いながら、その広い背中に背負って。
徹夜でデスクに潰れてしまった私を、仮眠室まで運んでくれていたのもタップだった。
そのまま一緒に雑魚寝して、寝返り打った大きな体に潰されそうになったことはよくあるけれど。
私じゃ男性であるジョニーを医務室までなんて運べないし、ジョニーもあんな細くて弱い体じゃ私を仮眠室まで運べない。
タップじゃなきゃ。
オレがいないと駄目だなって笑いながら、見返りにお菓子を催促していた、タップがいなきゃ。
私達、困るんだよ。
「タップ…」
そう思い描いていた人の声が、後ろから届いた。
震える声で呼びながら、細くて包帯だらけの体がタップの傍に膝を付く。
ジョニーだった。
「タップ…タップ?オレだよ…タップ…!」
…私と同じ。
反応のないタップに縋りながら何度も呼びかける。
その眼鏡の奥の目から、ボロボロと涙を零して。
ジョニーだけじゃなかった。
追いかけてきたんだろう。
タップに会いたいと言っていた、リーバー班長とロブさんの姿も其処にあった。
同じようにシートの上に膝をついて、タップの体に触れてその名を呼ぶ。
「…タップ…」
「おい、タップ…聞こえるか…?」
それでもタップは反応を示さない。
───コツ…
静かな足音。
振り返れば、傍に立つコムイ室長の姿が見えた。
私達のようにシートの上までは歩み寄らず、少し離れた場所で静かに佇みこちらに目を向けていた。
声を荒げることもなく、涙を流すこともなく、ただ静かにタップだけを見つめている。
……ああ…この人は…この黒の教団の"室長"だから。
その姿勢を崩さぬ姿に、胸は締め付けられた。
………痛い。
彼は確かに教団の"室長"という地位に立つ人だけど、それ以前に"科学班"の室長なんだ。
タップや私達の上司。
だけど教団の最高責任者でもある彼はきっと、今此処で私達のように部下に縋り泣くことはできない。
その思いを感じ取ったから。