第79章 無題Ⅱ
✣
周りのざわめきが、私に"それ"を知らせてくれた。
「…聞いたか」
「ああ…」
「あれが人間だなんて…」
「…そんな…」
ざわつく団員達。
その口々から漏れる言葉は、"負"の感情を表すもの。
そんな人達で溢れ返った廊下を、ラビが私を抱いたまま通り過ぎていく。
「嘘だろ…」
「人に見えるか…?」
「…酷い…」
「…あれじゃまるで───」
"化け物"
「………」
微かに聞こえた、悪意にしか聞こえないその単語。
無意識にでもラビの腕を掴む手に、力が入っていたんだろう。
「聞くな」
前を見据えたまま、ラビは強い口調で声をかけてきてくれた。
「オレが南を連れて行ってんのは、タップの所さ。…そんな顔すんなよ。タップが見たら吃驚するさ」
下がる視線。
私の目と重なった翡翠色の垂れ目が、優しい色に変わる。
ヘラリといつもの砕けた顔で笑ってくれる。
…ああ、なんでだろう。
なんでラビのこの顔を見ると、いつも余計な体の力が抜けるんだろう。
「…ラビ、」
「ん?」
「傍に…いて、くれる…?タップと話す時…私の、傍…に…」
「当たり前だろ」
ラビが傍でこうして笑ってくれれば、周りの言葉にきっと振り回されずに済む。
途切れ途切れの言葉で頼み込めば、さも当然という顔で即答された。
「南を医務室に運んできっちり手当てされんの見届けるまで、傍から離れるつもりはねぇから」
「………ん」
アレンのような綿のようにどこに触れても柔らかい優しさや、神田のような力強く引っ張っていってくれる優しさとは違う。
ラビだけが持つ、気付けば傍にいて私の心を包んでくれているさり気ない優しさ。
それをひしひしと身に感じながら、少しだけ口元を緩めて笑い返した。
「…南」
不意にラビの足が止まる。
「あそこだ」
言われるがまま、ラビが向けた視線の先を目で辿る。
沢山の団員達で溢れ返った、研究室外の廊下。
ビニールシートが敷かれたその場に…何かが、見えた。