第79章 無題Ⅱ
放っとけない哀愁を纏っているのに。
安易に声をかけられない、まるで飾られた絵のような姿に見えた。
「…涙…綺麗、だな」
そんなラビの涙が、綺麗だと思ったんだ。
「私は、…好きだよ。その、涙」
遠目で見ていただけじゃ気付かなかった。
指先に触れる、温かい雨水のような雫。
止めてあげなくちゃって思うのに、ずっと見ていたくもなる。
なんでだろう。
不思議なもの。
よく感情を殺して笑うのが上手なラビだから、その涙は素直な心の鏡のように見えたのかもしれない。
「綺麗で…あったかい、ね」
そう思うと止められなくなった。
黒く焦げた指先で、救うように雫に触れる。
私の指先を滑るように転がって、掌から腕へと伝い落ちていく涙跡。
「……っ」
その涙跡を辿るように、ラビの左目が滑るように動く。
やがてその目は、驚いたように大きく見開いた。
「……ラビ…?」
なんだろう。
私…変なこと言ったかな?
息を呑むように唇を真っ直ぐ結んで、私を凝視してくる片方の瞳。
名前を呼んでもラビは応えないまま、私の頭から爪先まで目線が這うように追う。
な、なんだろう…どこか変な姿に見えるのかな……今の私じゃ、どこも散々な姿だろうけど。
「ッ…」
くっとラビが唇を噛み締める。
それから、ゆっくりと開いて──……あ。
笑った。
「…南の方が…ずっとずっと、綺麗さ」
私を真っ直ぐに見下ろして、涙の溜まった瞳のまま。
ラビの浮かべた表情は"微笑み"だった。
哀愁も苦しそうに息呑む気配も、どこにもない。
「すげぇ綺麗だ」
もう一度、念を押すように呟く。
目元に触れていた手を、そっとラビの大きな手に包まれるように握り込まれた。