第79章 無題Ⅱ
…ゴォォォォォ…
「───…か……ぃ…」
響く微かな騒音。
途切れた声。
「…南…ッ」
…呼んでる。
私の名前を。
誰かが。
「…っ…?」
誘われるままに、ゆっくりと目を開ける。
ぼやけた視界。
飛び込んできたのは、目も眩むような白い世界。
それを背景に、すぐ傍で私を覗き込んでいる顔だった。
ツンツン跳ねた金に近い明るい茶髪。
意志の強そうな眉毛に薄いグレーの瞳。
この人は───
「…リ…バ…はん、ちょ…」
「南!気付いたか…っ」
私を至近距離で見下ろして、ほっとしたように大きく息をつく。
それは紛れもなくリーバー班長、その人だった。
安心したように僅かに綻ぶ口元。
「…此処…?」
仰向けに寝た体制のまま、辺りを伺う。
見えたのは真っ白な世界。
白くて強い光がゴウゴウと辺りを覆い尽している。
これ……炎?
「ッ皆…!」
その中で倒れ込んでいるジョニーやバク支部長やロブさん達の姿が見えてはっとした。
そうだ。
あの天使のような不気味なAKUMAが、研究室の床に拳を叩き付けた途端。
襲い掛かってきた大きな熱と衝撃波に、咄嗟に近くにいたリーバー班長の頭を抱いて庇ったんだ。
慌てて起き上がろうとしたけれど、体は動かなかった。
麻痺したように熱い痛みが走って。
「っは…ッ」
息が上がる。
そう、だ。
私、お腹の怪我をAKUMAに抉られて…それで…
「酷い怪我なんだ…無理に動くな。ジョニー達なら…大丈夫、だから」
私に覆い被さるようにして、同じく倒れ込んだままの班長が途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
その額には出血した跡。
…そうだ。
班長、あのAKUMAの赤黒い腕に首を締め上げられて、床に叩き付けられてた。
班長だって軽く見ていい体じゃないはず。
「班長、も…頭、怪我…っ」
「ああ…俺は大丈夫だから」
優しい声で返される。
その長い班長の指が、私の目元に触れる。
拭うような仕草で触れられて初めて気付いた。
私の眼球に幕を張っていた、透明な雫に。