第79章 無題Ⅱ
「どうした、南。そんな所に座り込んで。また寝落ちるなよ?」
「ロブ、さ…」
私の横を通り過ぎていく人影。
ロブさん。
名前を呼ぼうとしても、深く裂けた唇は上手く動かせない。
苦笑混じりに私を見下ろして、そのままリナリーの元へと去っていく。
待って。
待って、ロブさん。
私、沢山血が出て…こんなに回りも真っ赤に染まってて。
なんで平然としてるの?
なんで誰もおかしいって思わないの?
「待っ…」
手を伸ばす。
でも届かない。
息苦しさを覚えて、目の前が霞む。
離れた場所に見える、リナリーの周りで笑う皆の姿が…霞んでいく。
…嫌、だ
駄目。
見失ったら。
いかないで。
傍にいて。
「みん…な…っ」
声を出す。
振り絞っても、大きな声にはならない。
でも呼ばないと。
引き止めておかないと。
リーバー班長
ハスキンさん
マービンさん
ロブさん
ジョニー
タップ
皆
科学班の、皆
私の、大事な人達
失っちゃ駄目な人達
「やっぱりリナリーのコーヒーは最高だな」
「これがあるから、仕事頑張れるって思えるもんなー」
「そうでなくても頑張って欲しいんだがな、俺は」
「そう言わないで、リーバー班長」
溜息混じりに呟くリーバー班長に、皆が笑う。
当たり前によく見ていた光景。
当たり前に傍にあった皆の姿。
「…っ」
目の前が霞む
朧気に霞んで
目の前が滲む
透明な雫が眼球に膜を張って
───失いたくない
そう思えば思う程、痛んだ
胸の内の奥底が