第79章 無題Ⅱ
「何…」
一歩も動かない足を見下ろす。
其処には少し汚れた研究室の床が───
「……え」
違う。
其処にあったのは、赤く染まった床。
赤?
赤い液体で濡れて光沢を放っている。
其処に立つ私の足も…同様に真っ赤に染まっていた。
「え?」
何、これ。
「っ…?」
じわ、と口の中に滲む鉄の味。
あれ、なんだか…お腹が、痛、い…?
「っぅ…」
痛い。
痛い。
眩暈がするような感覚に、思わず机に手をついて床に膝をつく。
立っていられない。
体がふらつく。
「ぁ…く…っ?」
意味がわからない。
なんで急に。
その場に膝をつく私の足場から、じわじわと広がっていく赤。
お腹が痛い。
「っは…?」
息が上がる。
見下ろした私のお腹は、真っ赤に染まっていた。
あれ…よく見たら私の体…赤だらけ、だ。
「…こ、れ…」
足場を真っ赤に染めていたのは…私の体から流れる赤い液体だったんだ。
「南さん?コーヒー要らない?」
「なんだよ、折角リナリーが淹れてくれたってのに」
「飲まねぇの?南ー」
離れた場所から話しかけてくる。
給仕セットの台車を引いたリナリーと、その周りにいる研究員の皆。
…待って、動けないの。
其処に行きたいけど、行けないの。
血が、沢山出て…体が、痛くて。
「み、んな…」
名前を呼ぼうとすれば、唇がザクリと切れて痛みが走った。