第79章 無題Ⅱ
タップの無理矢理な顔芸をまじまじ見てたら、キュルキュルと転がるキャスターの音とコツコツと歩くヒール音が耳に届いた。
「皆ー」
男性ばかりの職場で、そんなヒール音を鳴らす人物は一人だけ。
その人物から発せられた可憐な声が、汚い職場に響き渡る。
「コーヒー飲む人~?」
振り返って見れば、やっぱり。
其処には給仕セットを引きながら香り立つコーヒーの匂いを纏い、研究室に踏み込んでくるツインテールの美少女が。
否、天使が。
リナリーだ。
「あっリナリーだ!」
「はーいっ!」
途端にガバッと体を跳ね起こして、リナリーの元へと向かうジョニーとタップ。
…さっきまでの死にそうな姿はどこいったの。
「はいはい!」
「こっちも一杯くれ」
「俺もー!」
それは二人だけじゃなくマービンさん達、他研究員の皆も例外じゃなく。
過剰なまでに反応して、わらわらとリナリーの周りに集る。
顔をだらしなく緩ませて美少女に集る集団は、なんかもうアイドルに集るおじさんファンみたいな…げふん。
ごめん、皆。
「ったく!そんな元気が残ってるなら働けっつーんだよ」
深々と溜息をつくリーバー班長には、苦笑いしか返せない。
班長の言い分もわかるし尤もだと思うけど…すみません。
私、タップ達の気持ちもわかるから。
だって科学班のアイドルなんですもん。
リナリー、天使なんですもん。
そんな癒し美少女が淹れてくれる美味しいコーヒーが貰えるなら、眠気吹き飛ばして喜んで向かいます。
「リーバー班長と南さんは?」
「…ああ、貰う。南も飲むだろ」
「はい」
呼びかけてくれるリナリーに、一度私に目を向けて班長も其処へと足を向ける。
同じように私も向かおうと踏み出して、
「っ?」
何故か、足が動かなかった。
…あれ?