第79章 無題Ⅱ
「そうやって南を甘やかすのはやめろって、ハスキン。こいつが調子乗るぞ」
「そうやって南をからかうのをマービンがやめるなら、考えてやろう」
呆れた顔のマービンさんに、にっこり笑って返すハスキンさん。
そんなお互いの言葉に気遣いはない。
マービンさんとハスキンさんって、立場は違うけど同期なんだよね。
前に上の役職は息が詰まるから嫌だって、マービンさんぼやいてたっけ。
だから自分で望んで今の平職員の立場にいるんだろう。
その証拠に、自分より上の立場であるハスキンさんを羨むような姿は一切見たことがない。
仕事の話となるときちんと立場を考えてものを言うけど、それ以外では砕けた話をよくしてる。
…こういう関係って、見てると結構いいなぁと思う。
"同期"って枠だけじゃない、仲の深さが見えるから。
そんな二人のよく見る光景を、苦笑混じりに傍観する。
とりあえず、次は寝落ちないように気を付けよう。
水はかけられたくないし。
「おーい、そこ。口動かす暇あるなら、手ぇ動かせー」
そこに、いつもより覇気のない馴染んだ声が飛んでくる。
誰よりもこの研究室で声を張ってる人。
リーバー班長の声だ。
「お、班長だ。お怒り喰らう前に仕事仕事」
「だな」
慌ててデスクに向かうマービンさん達に習って、私も再び書類の束に囲まれた自分のデスクに向き合う。
班長も私達同様、何日も徹夜続きだったから。
目の下にくっきりと大きな隈を作って、疲れた顔で辺りを見回るように歩いていた。
「南、」
その足音が止まる。
気配が後ろでしたかと思えば、名前を呼ばれた。
…え…私何かしたっけ。
怒られるようなこと。
……まさか寝落ちてたの見られてた?