第78章 灰色の世界
忘れるはずなんてない。
オレの頭に鮮明に記憶されている南の顔。
だけど目の前に映る今の顔は、その記憶のどこにもない顔だった。
沢山の涙跡と乾いた血がこびり付いている。
ぼんやりと見上げてくる、掠れた目。
腹部から中心に染まっている黒く塗り潰した跡は、肌色を残している方が少なくて。
どう見たって瀕死の状態。
それは一目瞭然だった。
なのに。
「…ッ」
微かに上下する胸。
───息をしてる
オレの名前を呼ぶ声。
───動いてる
真っ黒な瞳に映るオレ。
───見てくれてる
それは全て紛れもなく、南が生きてる証。
「…南…」
それで充分だったんだ。
体の心配だってしなきゃなんねぇのに。
でも今のオレには、それが全てだった。
───ぱた、
南の頬に落ちる雫。
一滴、二滴。
…まだスプリンクラー動いてんのかな。
「………」
オレを見上げる南の目が、微かに揺れた。
焦げ付いた手がピクリと動く。
動ける力なんてそう残ってるはずないだろうに。
唇を噛んで、南はぎこちない動作で両手を伸ばした。
触れたのは、オレの頭。