第78章 灰色の世界
生きてた。
ちゃんと生きてた。
ジジイの姿に目の前が潤みそうになって、ぐっと唇を噛み締める。
泣くな、みっともねぇ。
ジジイに見られたら怒られんのがオチさ。
「っそれより南はッ?ジジイ知らねぇさ!?」
「…師より女の心配か…阿呆め…」
それだけ憎まれ口叩けんなら大丈夫だろ。
阿呆と言いながら、ジジイの首が力なく余所を向く。
その視線を追うように顔を上げて。
「とにかく輸血が第一だ。至急頼むッ」
バタバタと救助隊が行き交う中。
静かに担架に横たわる、その姿を見た。
「もう少しの辛抱だ」
「…はい…」
同じに担架に横たわるリーバー。
その声に力なく返す、小さな声。
聞き覚えのある、声。
「…っ」
ふらりと、其処へ足を向ける。
ジジイの時のように駆け寄ることはできなかった。
まだ、怖くて
だってオレの世界は灰色で。
まだこんな夢とも現実ともわからない世界の中にいるのに。
あれは幻じゃないか
そんな馬鹿げた考えが抜けなかったから。
「……ッ」
一歩ずつ踏み進める。
心臓がドクドクと煩い。
近付くにつれてはっきり見えてくる。
ボロボロの白衣。
焦げ付いた黒い手。
真っ赤な血が体中至る所に染み付いている。
その血さえ、今の色のないオレの世界では黒く塗り潰したようにしか見えない。
───ザリ…
残骸混じりの床をブーツの底が踏み付ける。
その音で気付いたのか、かかるオレの影で気付いたのか。
リーバーに向いていた目が、ゆっくりとこっちを見た。
アジア人独特の黒い瞳。
ユウやリナリーと似てんのに、オレには全く違う色にも見える。
オレに魅せる色。
「──…」
その目が驚いたように、丸くなる。
真っ黒な瞳に映ったのは、じっと見下ろすオレの顔。
その目を見つめるオレは、なんとも言えない情けない表情をしていた。
「……ラビ…?」
…嗚呼、この声。
聞き間違えるはずなんてない。
キャピキャピした高い女子の声でもなくて、色気あるおねーさんみたいな声でもなくて。
心地良い、オレの心に染み入る声。
南の声だ。