第78章 灰色の世界
頭を強打した痛みと大量に失った血で、くらくらする。
守りたい人の腕の中で、力なく凭れることしかできない。
私はまだ弱いまま。
「どういう…ことだ…?」
「どうした、ヘブラスカ!」
「…ない…」
「ない?」
「飲み込んだはずのイノセンスが…リナリーの体内から感じられない…っ」
イノセンスが…私の中に、ない?
霞む意識の中、ヘブラスカの言葉に耳を疑った。
確かに飲み込んだ。
私の体内に入れたはずなのに。
ならイノセンスは一体どこに。
「体を通った…形跡はあるのに…ないのだ…体内にはない…」
「何…っ?そんな馬鹿な…!」
「どこに…」
イノセンス…。
ずっと一緒に戦ってきた、私のイノセンス。
あなたのこと、嫌いだった。
いつも憎んでた。
…それでもあなたは、私の手足となって戦ってくれた。
だから。
今度は私が、応える番。
「イノ…センス…」
覚悟は決めた。
あなたとずっと、戦い続けるって。
私の声、聞こえてるなら…お願い。
応えて。
───パキ…
足首に滴る血が、凝固する感覚。
パキィン…
それは私のイノセンスの"声"だった。
「リナリーの血液が…っ」
「まさ…か…」
霞む視界の中、見えたのはパキパキと凝固していく私の血。
それが形を何かに変えていく。
頭を擡げるように持ち上がる細い体。
そこから二つの羽根のようなものが生える。
赤い羽根。
赤い体。
…ああ、
"そこ"にいたのね。
「…イノセンス…」
手を伸ばす。
頭を下げるように凝固した、私自身の血に触れる。
「私の覚悟…受け取ってくれた…?」
もう迷わないから。
真っ直ぐにあなたと共に生きていくから。
───ズ…
ゆっくりと、頭を下げたその赤い体が私の両足に触れる。
赤い羽根が包むように、私の足を覆っていく。
「まさか…リナリーの血だけでイノセンス自ら発動するつもりか!?」
凝固しただけの血の結晶が、硬い物質へと変わる。
膝まで覆ったそれは真紅に輝くブーツ型へと変化した。
兄さんの言う通り。
それはイノセンスの発動だった。