第78章 灰色の世界
✣
視界が霞む。
ドクドクと頭から流れる血に熱い感覚。
それでも這い蹲った体は、手を伸ばせば触れられる所まできていた。
「イノ…セ…ス」
手を伸ばす。
淡い光に包まれたキューブ状のそれに。
「もう…嘆くのは、疲れたよ…」
淡い光に指先が触れると、ぱんっと音がして光が散った。
私の声に反応するかのように、キューブ自体から発せられる光が強さを増す。
触れた"黒い靴"のイノセンスは、温かかった。
私はもうベッドで泣いてる
あの頃の弱い女の子じゃない
…もう、馬鹿みたいな想像は止めるから。
兄さんや皆がいてくれる
それだけで、悪夢のようなこの世界で戦える
両の掌に乗せて、温かいイノセンスを胸に抱く。
「イノセンス…私のこの気持ちが皆を守る力に変えられるなら…私はあなたについていくわ」
そっと呼びかける。
私の声が届いているなら。
お願い。
応えて。
「全部終わるその日まで、どこまでも」
…でも
でもね
きっと最後には…
───ザリ…
足音。
イノセンスを抱いて座り込んだまま、顔を上げて見えたのは。
「リナ…」
………兄さん…
最愛の人。
きっと最後には、兄さんの元に帰ってくるって約束するよ
ゴボ、と掌に乗ったキューブ状のイノセンスが溶けるように液体に変わる。
…ああ、私の思いに応えてくれるのね。
「"いってきます、兄さん"」
いつものように兄さんに言葉を送る。
教団でエクソシストとして戦うようになって、毎日見送ってくれていた兄さんに、毎日向けていた言葉を。
…大丈夫。
私、ちゃんと笑えてる。
ちゃんと心から笑えてるから。
だから今はお願い
"いってらっしゃい"と言って
掌を口元に寄せて、傾ける。
真っ黒な液体と化したそれは、私の喉を通って滑り落ちた。
また笑って「ただいま」を言うから