第78章 灰色の世界
「あそこには元帥達が向かってんだろ。壊滅だなんだ言ってたが、それなら恐らく───」
「なんもなかったんさ」
ユウの言葉を遮る。
そんな夢話、聞きたくなかったから。
希望なんてあそこには何も残されていなかった。
「あそこには何もなかった。全部消えてた」
それは明らかな"死"だった。
人の命なんて、あそこにはなかった。
「ジジイも元帥も研究員も…なんも、なかった」
座り込んだまま、立てた膝の間に視線を落とす。
握り込んだ両手が微かに震えそうになって、ぐっと強く握った。
……南…
…駄目だ。
考え込むと、浮かんでしまう。
最後に見た南の顔。
"あんま無茶すんなよ?"
"ぁ、うん。ありがとう"
第五研究所の立入禁止の仕切りの間で、入り込めないオレは代わりに手だけ伸ばした。
寝不足でくっきりと浮かんだ目の下の隈に触れれば、少しだけ照れ臭そうにはにかんでいた。
その笑顔が脳裏に焼き付いて消えない。
「…見たのか」
低く静かな声で尋ねられる。
顔を上げて見れば、ユウの眉間に皺はもう寄っていなかった。
「そいつらの最期」
「…見てねぇけど…でも研究所は全部火の海で…」
「じゃあ決め付けんなよ」
決め付けって…あの状態で生存者がいるって思う方が無理だって。
「決め付けも何も、全部消えてたんさ。全部火の海だった。なんも残っちゃいなかった」
「だからって遺体を見た訳じゃねぇんだろ。見てもねぇのに勝手に殺すな」
きっぱりと言い切るユウの言葉に、思わずカチンとくる。
じゃあユウもあれ見て"生きてる"なんて思えんのかよ。
オレの目の前に広がっていたのは"死"だけ。
その存在すらも薙ぎ払われた、巨大な炎の世界だった。