第78章 灰色の世界
✣
「あ…ッ」
ルベリエ長官に強く押された体が倒れ込んで、通路の金網の床に両手をつく。
「さぁヘブラスカ、リナリーの体内にイノセンスを入れるんだ!」
長官の言葉に従うように、ヘブラスカの手足となっている髪の束が私の四肢に巻き付いた。
高く宙に持ち上げられて、目の前に現れたのはヘブラスカの大きな顔。
「……リナリ…」
髪で隠れたその表情はわからない。
けれど迷うような声色に、気付けば私は笑いかけていた。
「大丈夫…私頑張れるよ。ヘブラスカ」
ヘブラスカは何も悪くないから。
だってこれは私の意志。
これでAKUMAと戦えるなら。
兄さんを助けられるなら。
早くしないと、兄さんが。
私には迷ってる暇なんてない。
「…すまない…」
シンクロ率が落ちて、一度原型に戻された私のイノセンス…"黒い靴(ダークブーツ)"。
黒いキューブ状になってしまったそれを、ヘブラスカが私の胸に押し当ててくる。
イノセンスを体内に入れてどうなるのか。
どんな衝撃がくるのかわからない。
未知の不安と恐怖を跳ね退けるように、咄嗟にぐっと目を瞑って歯を食い縛った。
───ドンッ!
衝撃が起きたのは別の場所からだった。
目を開ければ、ヘブラスカの大きな体が傾いていく。
その背後から立ち昇る煙に、攻撃を受けたんだと悟った。
まさか、さっき見えたレベル4のAKUMAから…!?
ゴッ!
「──ッ…!」
ヘブラスカの髪の毛をすり抜けて、放り出された体が宙に浮く。
そのまま落下した私は、通路の柵に強く後頭部を打ち付けた。
…あ───…
くらりと視界が揺れる。
痛みは熱さを伴って目の前が霞んだ。
「ヘブラスカッ!ヘブラスカ!!」
霞む意識の片隅で、誰かの声がする。
これ…は…ルベリエ、長官…?
「まだひとがいた。そこでなにをやっているんですか」
…この声は…誰…?
子供のような…知らない声…
"リナリー"
霞む意識の中、朧気に浮かんだのは愛しい人の呼ぶ声。
これは───…
…兄…さん…