第78章 灰色の世界
カツン、カツンと階段を下りていきながら、無駄に姿勢のいいその背を見る。
"マルコム=C=ルベリエ"
"中央庁の上層部にはルベリエ家の者が多く、中でもこの男はその筆頭だ"
階段の上から見下ろしながら、以前ジジイから聞かされたルベリエの話をオレは思い出していた。
"ルベリエ家は黒の教団が設立された頃から、急速に力を付け始めた一族でな。当時、その家の娘が"聖女"として神に捧げられたという記録がある"
"娘がその後どうなったかは、どこにも記されていない"
〝聖女〟
〝黒の教団設立日〟
そういうキーワードを照らし合わせていけば、憶測だけど仮説は一つだけ浮かぶ。
恐らくその"聖女"ってのは、百年間生き続けてる─…通信機の向こうの、あの彼女のことだ。
"それからルベリエ家は代々、約束された地位と"聖女"の血族としての"義務"を負うこととなった"
"義務"ってのは恐らくコムイが室長になるまで行われてたっていう、適合者の血縁者による人体実験…そのモルモットの提供だろう。
選出方法なんていくらでも想像がつく。
…血の繋がった家族を百年も……まるで生贄だ。
「…長官。あんたはなんの為に此処にいるんだ?」
気付いたら、開いた口はそんなことを問い掛けていた。
前を歩いていたルベリエの足がピタリと止まる。
「……何かね」
「あんたはなんの為に今、走ってんのかって聞いてんの」
ゆっくりと振り返り、下から見上げてくる目は鋭く冷たい。
それでも迷わず問い掛けた。
ブックマンとして教団に身を置いて、エクソシストとして戦っている自分の心の居場所を模索していた時とは違う。
今、オレはなんの為に走っているのか。
迷わず口にすることができる。
この空いた胸に残されているのは、亡き存在を想う心だけ。
……残されたオレにはもう、それしかないから。
「他に何があると言うのかね」
じっと階段の下から見上げてくるルベリエの目は、一部の揺らぎもなく。
「"伯爵を倒す"以外、何も有りはしない」
そこには迷いなんて、一切見当たらなかった。