第78章 灰色の世界
「ラビ!腕切ってるよ…ッ」
「あ?ああ、照明とか落ちてきたから…大丈夫さ、こんくらい」
「ごめん…」
言われて気付く。
リナリーを庇うように扉に付いていた腕は、ざっくりと切れ目が入っていた。
腕を伝う血にリナリーの顔が歪む。
ああ、道理でピリッとしてた訳だ。
「何格好つけてるの。来なさい、手当てするから」
「つけてねぇよ、平気だって」
後ろから溜息混じりな婦長に腕を引っ張られて、つい本音で返す。
格好なんかつけてねぇって。
こんくらいの怪我、任務でしょっちゅう負ってるし。
「あら?怪我を手当てするのが私の仕事なんだけど何か?」
「すみませんッ」
うわお超コワイ。
忽ち瞳孔かっ開いてすんげぇ怖い形相してくる婦長に、反射で口から漏れる謝罪。
「…ちょっと待って」
それも束の間、ガラスの破片だらけの床に婦長の目は止まった。
「リナリー、私の靴を履きなさい。素足は危ないわ」
「えっい、いいよ!それじゃ婦長が危ない…」
「そうさ婦長、危ねぇって!靴ならオレのブーツ貸すからっ」
素足のリナリーを気遣うように、靴を脱ごうとする婦長に二人で慌てる。
んなことしたら婦長が足怪我するだろ。
いくら怖くたって、婦長は一般人の女性なんだし───
「お黙り!貴方達に怪我されると私の仕事が増えるのよ!」
「「すみませんッ!」」
うわお超コワイ!
もう顔が鬼の能面被ってるように見える!
ごめんなさい!
「全く、エクソシストは傷に慣れ過ぎだわッ小さい傷でも甘くみると怖いのよ!何ッ回言えばわかってもらえるのかしら!?」
あー…超怒ってる…。
トゲトゲと突き刺してくる婦長の言葉は正論で、言い返せずにリナリーと愛想笑いしかできない。
まぁ、任務でよく怪我するからさ…うん。
いちいち怪我する度に気遣ってたら、キリないからさ…うん。
…うん、ごめんなさい。
「本当、此処は大変。生意気な怪我人やら仕事中毒者やら。ナースの言うことなんて誰も聞きゃしないんだから…」
溜息混じりに静まった声で呟く。
そんな婦長の言葉に、思わず思考は止まった。
〝仕事中毒者〟
その言葉で頭に浮かんだのは、南のことだったから。