第75章 無題Ⅰ
「僕が気を失ったりなんかしたから…ッ」
「…ううん…大丈夫」
だって、
「ちゃんと…応えて、くれたから…」
こうして傍にいてくれてるでしょ。
「ありがと…アレン」
「…南さん…」
礼を言うのはこっちだよ。
アレンは優しいから。
きっと色々抱えて責任を感じてしまうのに、こうやって私達は頼ることしかできない。
背負わせてばかりでごめんね。
…でも…少しは私達も力になれたかな。
少しくらい、時間は稼げたかな。
「…ッ」
ぐっと歯を食い縛って、アレンが私の体を抱き寄せる。
力の入らない体はされるがまま。
膝裏に腕を通すと、アレンもボロボロな体のはずなのに簡単に私の体を抱き上げた。
「ごめん南さん。…もう離さないから」
大丈夫だよとか、ありがとうとか。
思いつく言葉は幾つもあったけど。
優しいけど強く抱えるその腕に、儚いけど強く紡ぐその声に、どの言葉も投げかけられなくて。
「……うん」
力の入らない頭をその肩に凭れたまま、少しだけ頷いてみせた。
現状、瀕死の私を抱えて戦うなんて不利でしかないけど、この優しい腕の中から離れる理由は、思いつかなかったから。
───ヴンッ
聞こえた"音"は頭上からだった。
「"タイムレコード"発動、ターゲットを包囲」
聞こえた"声"はその場にいないはずの人。
「時間を吸い出します…"リバース"!」
「「!」」
私とアレンの周りに浮かぶ光る十字模様。
アレンが立っているのは、敵のノアの方舟の黒い板の上。
少しだけ足を沈ませたそこが、同時に輝いて。
「これは…!」
ズブズブと姿を現したのは、あのノアによって沈められたはずの巨大なAKUMAの"卵"だった。
その先端に足をかけたままのアレンも、同時に競り上がる。
視界が上がって、見えたのは。
「ミランダ、さん…」
自らのイノセンスを発動させているミランダさんと、その体を支えてアレンの方舟から降りてくる、マリの姿だった。
…来てくれた。
間に合ったんだ。