第75章 無題Ⅰ
「主人の大切な"卵"…よかった…」
降下していく最中、広間の中心部に置かれた巨大なAKUMAの卵に身を寄せるあのノアが見えた。
愛おしそうに卵に頬を寄せて、目を瞑り呟く姿は綺麗な女性だったけれど。
その褐色の肌と額の聖痕は、あの船の中で出会ったノアを思い起こさせた。
あれもノアの一族の一人。
そんな人物が、教団本部内にいるなんて。
「はい、ここで大人しく寝ててねー」
「っぁぐ…!」
AKUMAにドサリと乱暴に床に下ろされて、腹部の怪我が鈍く痛む。
ぐっと歯を食い縛る。
自由の身にはなれたけど、そう簡単にこの体は動きそうになかった。
とにかく、止血…っ
自分で、なんとかしないと。
「っは…ッ…く、」
床に倒れたまま、なんとか止血しようとするものの手に力が入らない。
急所は外されていても、決して浅くない怪我に意識は朦朧としていた。
「…ッ」
弱い。
こんな怪我一つで、こうも動けなくなるなんて。
…多分…普通の人間ならそうなんだろうけど。
ラビ達エクソシストの強さを身近で見てきていたから、そんな自分の弱さをありありと突き付けられた。
此処にエクソシストは一人もいない。
此処にいるのは、そんな私と同じ普通の人間である科学班の皆だけ。
出入口は謎の黒い壁で隔たれていた。
そんな空間の中で、大量のAKUMAとノアと一緒だなんて。
ぞっとする。
今此処に、AKUMAと戦える者は一人もいない。
どうしよう。
このままじゃ、全員殺されてしまう。
どうにか外と連絡を取らないと───…
「ッ…く、南…」
…この声…?
「タッ、プ…!」
床に倒れ込んだまま、顔を声の方へと向ける。
其処には自分と同じく、床に血だらけで倒れ込んでいるタップの姿があった。
同じくAKUMAにやられたんだ。
「大、丈夫…っ?」
「ああ…でも、畜生…ッ足、が…っ」
「え…」
息も荒く呟くタップに、その下半身に目を向ける。
「っタップ…足が…ッ…」
目を疑った。
タップの足は両方共真っ赤に染まっていて、先は見るも無残に潰れていたから。